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甲府地方裁判所 昭和59年(ワ)31号 判決 1992年4月20日

原告 古屋利雄 ほか三三名

被告 国 ほか二名

代理人 中川幹郎 芝田俊文 稲嶺博之 杉山美代次 山崎道夫 雨宮広幸 ほか六名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  別紙請求目録記載のとおり。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告ら

原告らは、河口湖周辺において、別紙浸水被害建物目録記載の各建物を所有し(但し、原告渡辺利文は同目録二記載の建物の持分五分の三の共有権を、同有限会社大池ホテルは同建物の持分五分の二の共有権を、同塚越幸子は同目録五記載の建物の持分二分の一の共有権を有する者であり、同梶原信行は同船津観光株式会社から同目録九記載の建物を無償で借り受けている者であり、同渡辺真一は同株式会社宮之森から同目録四記載の建物の二階部分を賃借している者である。)、それぞれ居住し又は旅館、ホテル、寮、店舗及び娯楽場等を経営している者らである。

(二) 被告ら

(1) 被告国は、河口湖(一級河川)を管理し、河川法九条二項に基づき山梨県知事に対し右事務の一部を被告国(建設大臣)の機関として行うべきことを委任しているものである。

(2) 同山梨県は、同法六〇条二項に基づき山梨県知事に対する被告国(建設大臣)の機関委任事務である河口湖管理の費用の一部を負担しているものである。

(3) 同東京電力株式会社(以下「被告東電」という。)は、昭和五一年九月一〇日、建設大臣の許可を得て、同日以降、河口湖の湖水を同被告が所有し管理するうそぶき水路から取水して、これを水力発電に利用している者である。

2  本件水害の発生とその原因

(一) 河口湖の概況

河口湖は、富士山の数度にわたる噴火により生成された湖面積が五・七八六平方キロメートル、最大水深が一五・二メートルで自然流出河川の全く無い閉鎖性湖沼であり、人工的な排水機能を有する施設としてはうそぶき水路しかない半面、湖面積の約二三倍という広大な集水域の面積(一三二・九二平方キロメートル)と二一の流入河川を有する。

(二) 河口湖地方への豪雨と被害状況

(1) 本件豪雨の状況

河口湖周辺地域は、昭和五八年八月一四日に日本列島に接近した台風六号及び翌一五日に接近した台風五号の影響で、同月一四日から同月一七日までの間、豪雨(同月一四日に一一・五ミリメートル、同月一五日に二〇二・〇ミリメートル、同月一六日に四六三・五ミリメートル、同月一七日に一七九・五ミリメートル合計八五六・五ミリメートル、以下「本件豪雨」という。)に襲われた。

(2) 水位の変動状況

河口湖の水位は、同月一四日午前九時には平水位(被告東電が被告国から当該水位までは減水を招いても無制約的な取水を許容されている地点である標高八三三・五二五メートルをいう。)以下一・〇八メートルであったところ、本件豪雨に伴い河口湖へ流入した水量の影響で、被告東電がうそぶき水路から河口湖の湖水を同月一六日午後四時四五分以降毎秒四立方メートル、同日午後九時四〇分以降毎秒六立方メートル、同月一九日午後零時以降毎秒七・七九立方メートル、同日午後六時三〇分以降毎秒五立方メートル、同月二〇日午後三時二〇分以降毎秒七・七九立方メートルの各割合でそれぞれ排水した(以下「本件排水」という。)にもかかわらず、同月一六日午前一一時過ぎごろには平水位を越えて次第に増水し、同月二三日午前六時ごろには最高水位である平水位以上二・八三メートルにまで増水し、右の平水位以上の増水状態(以下「本件増水」という。)は同年一〇月中旬ごろまで継続した(以上の湖水位等の変動状況は別紙図1の(一)及び(二)記載のとおりである。)。

(3) 被害状況

原告らは、本件増水のために、それぞれの所有建物について、別紙浸水被害建物目録記載のとおりの床上又は床下浸水等の被害を受けた(以下「本件水害」という。)。

(三) 本件水害の発生原因

本件水害は、昭和五八年八月一四日に始まった本件豪雨に伴い河口湖に流入した降水量ないしその流入速度が同月一六日から始められたうそぶき水路からの排水の量ないし速度を遙かに上回り、湖水位を従前の水位(平水位以下一・〇八メートル)から平水位を遙かに越える水位(最高水位二・八三メートル)まで急激に上昇させるに足りるものであり、かつ、うそぶき水路によって短期間に排水し、水位を平水位以下に回復することのできない程度の水量であったために発生したものである。

3  被告国及び同山梨県の責任

(一) 被告国及び同山梨県の責任の前提となる事実

(1) 河口湖における水害と治水の歴史的経緯

<1> 明治時代以前の水害の歴史

河口湖の水害は、室町時代から繰り返して発生し、その対策は江戸時代から明治時代にかけて進められてきたが、当時の通水事業は必ずしも十分ではなく、明治時代になっても水害の歴史が続き、殊に明治四〇年の水害の際には、八月二三日から二五日までの三日間で、湖面が七・二四メートルも上昇し、史上最大の惨事が発生した。

<2> 被告山梨県による県庁隧道の設置と機能の停止

ア そこで、被告山梨県は、治水のための方策として、大正二年一一月二五日、毎秒四立方メートルの排水能力(一日あたりの水位低下能力としては〇・〇六メートル)を有する県庁隧道を完成させ、湖辺各村が明治四〇年一二月二一日に河口湖の通水事業等を目的として設立した河口湖治水組合に補助金を支出し、これを管理させていた。

イ ところが、県庁隧道は、その後の同組合による管理不十分のため昭和一〇年ごろにはその内部が一部崩壊し、昭和二五年ごろにはその機能が停止し、本件水害当時も排水機能を有していなかった。

<3> うそぶき水路の設置と治水に関する協定

ア 桂川電力株式会社(以下「桂川電力」という。)は、大正三年七月二三日被告山梨県から同県知事の命令書に定められた条項の順守を条件に河口湖から宮川への疎水水路(うそぶき水路)新設の許可を得たのであるが、河口湖治水組合は、大正六年六月二一日、桂川電力との間で、桂川電力が発電のために西湖の湖水を河口湖に流入させると同時にうそぶき水路を建設して河口湖の湖水を取水する代償として、同知事の許可の際には平水位(右水位以上は無制約的な取水ができる水位)を標高八三五・四九五メートルから、県庁隧道の底面(標高八三三・五二五メートルであり現在の平水位である。)まで低下させ、湖面が右平水位以上に上昇して有租地に水害が生じないように同水路から排水することを内容とする協定を締結し、協定書を作成した。桂川電力は、大正六年、同水路を完成させ、翌大正七年から取水を開始した。そして、被告国(建設大臣)は、水利使用許可年限の到来時である昭和二〇年の更新許可の際に右協定のとおりに平水位を変更した。

そして、被告東電は、昭和二六年五月一日、右湖水利用権、前記協定書上の義務及び当時河口湖で唯一排水機能を有していた同水路の所有権を承け継いで同水路の管理主体となり、昭和五一年九月一〇日、被告国(建設大臣)の水利使用の更新許可を得て右以降水利使用規則に基づきうそぶき水路から河口湖の湖水を水力発電のために取水していた。

イ 以上から、うそぶき水路は、歴史上事実上の治水施設としての機能を有しているが、同水路通水後も、河口湖における大正一四年(増水高は二・九三メートル)、昭和一〇年(同二・五メートル)及び同一三年(同三・〇七メートル)の各水害の発生を未然に防げなかった。

(2) 河口湖の水害を招き易い地勢

河口湖において右(1)のように水害が繰り返し発生したのは、まず、前記2(一)(河口湖の概況)の事実に明らかなように、河口湖が、その集水域で多量の降雨があると、膨大な降水量が河口湖に流入して人工的な排水の努力がなされない限り急激な湖面の上昇による湖辺水害を招く危険の大きい地勢であるからである。

(3) 河口湖の集水域における多量降雨期

ところで、河口湖では、六月から一〇月には平均降雨量が多く、一日から五日前後の期間に一〇〇ミリメートル以上の集中的な多量降雨(以下「集中的な多量降雨」という。)が発生するのもこの時期に集中している。

<1> 六月ないし一〇月が多量降雨期であること

まず、河口湖の昭和二六年から同五五年までの三〇年間の月別平均降雨量は次表のとおりであり、一か月の平均降雨量一二五・五ミリメートルと右の月別降雨量の数値とを比較してみると、六月から一〇月までは一か月に一五〇ミリメートルを超える降雨が発生する多降雨期であることが分かる。

降水量(mm)

降水量(mm)

降水量(mm)

一月

五二・五

五月

一二八・五

九月

二〇八・八

二月

六二・〇

六月

一八二・〇

一〇月

一六五・二

三月

八六・五

七月

一七〇・七

一一月

七八・五

四月

一一五・一

八月

二〇四・八

一二月

五一・一

<2> 六月ないし一〇月の集中的な多量降雨の頻度

そして、昭和九年から同五八年までの五〇年間の河口湖の降雨のうち、水害発生の原因となる集中的な多量降雨があった回数は一二〇回であり、集中的な多量降雨は、圧倒的に六月から一〇月に集中し(一一五回、約九六パーセント)、特に、八月と九月で全体の約五二パーセントを占めている。

(4) 降水量と水位上昇との間の法則性

次に、河口湖の水位は、山梨学院大学教授濱野一彦が後記(6)<3>アの水害(五七年水害)に際して河口湖の集水域の降雨量と河口湖の水位上昇との関係を解析し、報道機関に発表し、かつ、被告山梨県土地水対策課に報告した以下の数式(以下「濱野理論」という。)、公刊物である河口湖測候所日雨量年表及び同水位年表記載の過去の各数値等によれば、その集水域で一日当たり一〇〇ミリメートル以上の降雨が連日あると降雨量の約四倍の割合で湖面水位が上昇するという法則性が認められる。

湖面上昇量(m)=降雨量×湖面上昇率×降水面積÷湖面積×即時流出率

=降雨量×1.31×381.55km2÷20.16km2×0.17

=降雨量(m)×4.22

ところで、河口湖では、昭和九年から昭和五七年までの四九年間の降雨状況は次表のとおりであり、これに湖面上昇率を乗ずるとそれぞれ次表の水位上昇があったことになる(単位はいずれもメートル)。

降雨量

回数

上昇水位

a

〇・二以上〇・二五未満

一五回

〇・八以上一未満

b

〇・二五以上〇・三未満

一三回

一以上一・二未満

c

〇・三以上〇・四未満

八回

一・二以上一・六未満

d

〇・四以上〇・五未満

三回

一・六以上二未満

e

〇・五以上

三回

二以上

したがって、既存水位が平水位以下〇・八ないし一メートルの場合には、年一回弱、同一ないし一・二の場合には二年に一回強、同一・二ないし一・六の場合には三年に一回弱、同一・六ないし二の場合には、八年に一回弱、同二以上の場合には一六年に一回弱の割合で湖水位が平水位を越えて水害が発生するおそれがある。

(5) うそぶき水路の急激な増水への対応力

<1> うそぶき水路の最大排水量及び水位低下能力

うそぶき水路の本件水害当時の最大排水能力は毎秒七・七九立方メートルであり、一日あたりの水位低下能力は、以下のとおり約〇・一一六メートルである。

7.79m3×60(秒)×60(分)×24(時間)÷5,786,000m3(湖面積)=0.116m

<2>過去の急激な水位上昇の記録

集中的な多量降雨の記録のうち、一日当たりの水位上昇値の大きいものを順に並べると以下のとおりとなる(以下の二日間にわたる日付は前日の観測時点から二四時間が経過した翌日の観測時点という意味である。上昇値の単位はセンチメートル)。

a 昭和五八年八月一六日から同月一七日 一六五

b 昭和五七年八月一日から同月二日   一〇二

c 昭和五七年九月一二日から同月一三日  九二

d 昭和五八年八月一五日から同月一六日  八七

e 昭和三四年八月一四日から同月一五日  七七

f 昭和五八年八月一七日から同月一八日  七六

g 昭和四一年九月二四日から同月二五日  六七

h 昭和五六年八月二一日から同月二二日  六五

i 昭和三三年九月二六日から同月二七日  六三

j 昭和四一年六月二八日から同月二九日  六〇

k 昭和四七年九月一六日から同月一七日  五〇

<3> 急激な増水への対応力がないこと

したがって、うそぶき水路の最大排水量では、右<2>のように過去に繰り返し発生し、したがって、発生の可能性が高い急激な増水に対応して排水し水位の急上昇を防止することは不可能である。

(6) 河口湖湖畔の利用状況の変化と五七年水害の発生

<1> 湖面の埋立て

ア 次に、河口湖の容積は、被告山梨県、船津財産区が昭和三二年ないし昭和五六年にかけて河口湖の埋立工事(埋立体積六一万五九七九立方メートル、被告山梨県による小立地内八木崎公園、浅川地内船津、船津地内船津中央駐車場、大石地内大石公園、同地内干拓、船津土地改良区による同干拓工事及び船津財産区による大池地内宅地造成の各工事)を行ってきたために減少し、これに伴う水位の上昇は計算上一〇・二センチメートルに及んだ。

イ 被告国及び同山梨県(以下「被告国ら」という。)は、右埋立工事を規制しえたのにしなかったうえ、特に、原告古屋利雄外一二名が建物を所有ないし賃借している大池地区を災害危険区域に指定せず、同地区の洪水の危険の増大を招いた。

<2> 湖畔の利用状況の変化

河口湖周辺の居住状況は、東京オリンピックの開催、中央高速道路の開通、レジャーブームの到来等から変化し、昭和四七年ごろから湖畔のすぐ近く、特に、大池地区では、平水位近くの標高に旅館、ホテル、一般住宅、公共施設等の多くの建物が建築されており、原告らも河口湖湖畔に建物を所有し又は借りて居住しないしは事業を営んでいるものである。

<3> 五七年水害と湖辺住民の水位低下を求める陳情

ア 五七年水害の経緯

河口湖では、昭和五七年八月一日時点で水位が平水位以下二・七メートルであったところ、台風一〇号等の影響で同日から同月三日までの間に五〇二・五ミリメートルの降雨があったため、被告東電による同月一一日からの毎秒二立方メートルの、同月一二日からの毎秒四立方メートルの排水にもかかわらず、同月一九日ごろには水位が平水位以上七センチメートルまで上昇したが、被告東電が同日午後六時から毎秒六立方メートルの排水をしたところ、次第に水位が低下し、同年九月一〇日時点では平水位以下六六センチメートルとなった。

しかし、水位は、台風一八号の影響で同月九日ごろから同月一二日ごろまでの間に四一二・五ミリメートルの降雨があったため、同月一七日には平水位以上一・〇三メートルにまで上昇し建物浸水被害が発生した(以下「五七年水害」という。)。

イ 水害防止策の陳情

そこで、河口湖治水組合が被告山梨県土木部河川課に県庁隧道の補修、整備のための支出を、原告ら住民が河口湖治水組合を通じて山梨県に本件水害前に水位を平水位以下三メートル又は平水位以下二メートルにまで低下させることを再三陳情し、河口湖町々長が同知事に昭和五八年四月二八日に水位を平水位以下一メートルに低下させることを要望したが、右のうち河口湖町々長の要望が受け容れられたのみであり、その余の陳情は受け容れられなかった。

(ア) 集中的な多量降雨による水害発生の危険性とその認識ないし認識可能性

河口湖において繰り返し発生した水害と治水の努力の歴史的経緯(前記(1)の事実)、その原因である河口湖の水害を招き易い地勢(同(2)の事実)、六月ないし一〇月に発生する集中的な多量降雨(一日ないし五日の間に一〇〇ミリメートル以上の雨が連日続く降雨、同(3)の事実)、右の場合降雨量の約四倍の割合で水位が上昇し過去の降雨量の記録によると既存水位が平水位以下〇・八ないし一メートルの場合には年一回弱、同一ないし一・二の場合には二年に一回強、同一・二ないし一・六の場合には三年に一回弱、同一・六ないし二の場合には八年に一回弱、同二以上の場合には一六年に一回弱の割合で水害が発生するおそれがあること(同(4)の事実)、うそぶき水路が、過去に繰り返し発生しておりしたがって発生の可能性が高い急激な増水に対応して排水し水位の急上昇を防止する能力に欠けること(同(5)の事実)、埋立てにより一方で湖水位が上昇し他方で埋立地を含む平水位付近の標高にある湖畔が新たに建物の敷地として利用されるようになり本件水害の前年にも主として二つの台風の影響による降雨が原因でうそぶき水路からの排水の努力にもかかわらず建物浸水被害(五七年水害)が発生したこと(同(6)の事実)などを総合すれば、被告国らがうそぶき水路を活用して最大限の排水をしても、過去において実際に記録されたような六月ないし一〇月の間の集中的な多量降雨が始まってからでは、水位の急上昇更には平水位を越える増水を防ぐことはできず、その結果、平水位近くの標高にある河口湖湖畔の多数の建物がたやすく浸水し、湖畔に建物を所有し又は借家して居住ないし事業を営む原告ら住民が、莫大な損害を受ける危険性があることは明らかであるものと認められ、かつ、被告国らないし被告国の担当職員及び国の機関委任事務としての河口湖管理事務を担当する被告山梨県の知事外担当職員(以下「被告国ら及び各担当職員」という。)は、河川管理者として過去の降雨記録、水位記録、過去の水害と治水の歴史的記録等の研究をし、又は少なくとも本件水害発生当時までに濱野理論の被告国らに対する報告、五七年水害後の河口湖治水組合による県庁隧道の補修等についての補助金支出要請及び湖辺住民らによる水位低下の陳情等を契機として右の研究をするなどし、右危険性を認識し又は容易に認識し得たものである。

(二) 新隧道の未整備

(1) 一級河川である湖の設置又は管理の瑕疵の有無の判断基準

一級河川である湖においては、集中的な多量降雨による湖への膨大な水量の流入に対応してこれを排水しその水位の上昇を防止する能力を有する排水路がなく、過去に何度も水害が発生し、水害発生の高度の危険性があるため、これを根絶するのに必要な方策をとる緊急の必要性があるにもかかわらず(又は右の緊急の必要性があり、かつ、右方策に対する財政的措置が可能であるにもかかわらず)、右方策が採られていない場合には、湖として通常有すべき安全性を欠き、他人に被害を及ぼす危険性があるもの、即ちその設置又は管理に瑕疵があるものと断ぜざるを得ない。

(2) 新隧道建設の必要性とその認識可能性

ところで、前記(一)(7)(集中的な多量降雨による水害発生の危険性とその認識ないし認識可能性)の事実に照らせば、

<1> 河口湖では、本件水害時に代表されるような集中的な多量降雨による膨大な水量の流入に対応してこれを排水しその水位の上昇を防止する能力を有する新しい隧道(以下「新隧道」という。)を建設し、かつ、新隧道の放水先の整備をする緊急の必要性があるといわねばならず、

<2> 被告国らは、過去の水害、降雨及び水位の記録並びに湖畔の利用状況の変化等から五七年水害以前においても、同水害の経験、濱野理論の報告及び原告ら湖辺住民の陳情等を通じて遅くとも五七年水害後には、右<1>の事実を認識し又は容易に認識し得たものである。

(3) 新隧道建設のための財政措置の可能性

また、被告国らは、本件水害時までに新隧道の建設及び放水先の下流河川整備に必要な財政措置を講ずることが可能であった。

<1> 被告国の財政援助の可能性

ア 河川法六〇条二項は、河川法九条二項で都道府県知事に管理が委任された指定区間内の一級河川の管理に関する費用のうち、改良工事に要する費用については、その三分の二を国が負担すると規定している。この規定は、被告国に改良工事の費用の三分の二の限度での負担を義務づけたものではなく、被告国の治水投資の枠内において積極的に財政的負担させようとする趣旨を定めたものだとされている。

イ 河口湖は、富士箱根国立公園に属する日本有数の観光地であり、その自然の恩恵を受けているのは山梨県民に限られず、多くの国民が河口湖を訪れてその恩恵を享受している。

ウ 被告国は、右のア及びイに照らし、河口湖の自然を維持し、湖辺住民の安全を保持するための新隧道の放水先の整備及び新隧道の建設に優先的な財政的援助を行ないえたものである。

<2> 被告山梨県の財政措置の可能性

ア 建設省河川局長は、「河川の適正な管理を一層推進するため、徴収した流水占用料等の額に相当する額については河川の管理に要する費用に充当するよう特段の配慮をする。」旨の通達を出している。

イ ところで、被告東電が同山梨県に支払っている流水、土地占用使用料は、一年に約一億六〇〇〇万円にのぼるが、これらの使用料は、河口湖が存在し、そこに湖水があるからこそ徴収できるものである。そして、湖辺住民が被害を受けるのも河口湖の存在故にである。

ウ 右のア及びイの事実によれば、被告山梨県の予算の問題としても、これらの使用料を優先的に新隧道の建設のために使用すべきであり、かかる予算措置を講ずることには何ら支障がなかったものである。

(4) 河口湖の管理の瑕疵

<1> 被告国は、右(2)及び(3)の各事実によれば、河川管理者として、本件水害時までに予算措置等必要な措置を協議ないし指示したうえ新隧道の放水先を整備し、かつ、新隧道を建設し、本件水害を防止する措置を構ずべき義務があった。

<2> ところが、被告国は、本件水害時までに、右<1>の措置を講じなかった。

<3> この結果、河口湖は、本件水害当時、湖として通常有すべき安全性を欠いていたものであり、被告国は、河口湖管理の瑕疵の責任を負うべきものである。

(三) 水位調整義務の懈怠

(1) 被告国らの水位調整義務の根拠

<1> 河川管理者としての治水責任

被告国らは、河川法一条、二条一項及び九条により河川管理者としての責任を負い、当然に治水管理に必要な措置をとるべき義務を負っている。

<2> 河口湖とダムとの構造的類似性

人工のダム湖は自然流出河川がなく放水路によりその貯水量が一定水位以下に調整されなければ洪水の危険を有する構造を有していることから、河川法は、ダム湖設置者が、河川の従前の機能の維持(同法四四条)、湖水位及び流量等の観測(同法四五条)、ダムの操作状況の通報等(同法四六条)、ダムの操作規程の作成(同法四七条)、危険防止のための措置(同法四八条)、記録の作成等(同法四九条)、管理主任技術者の設置(同法五〇条)及び洪水調節のための指示(同法五二条)を行うべきものとしているところ(以下「ダム湖に関する法的規制」という。)、河口湖が既存隧道による水位の調整をしない限り洪水の危険性が高い点においてダム湖と類似の構造であることは前記(一)(7)(集中的な多量降雨による水害発生の危険性とその認識ないし認識可能性)のとおりであり、被告国は、右河川法のダム湖に関する法的規制の趣旨に則り河口湖の湖水の水位を調整すべき義務がある。

<3> うそぶき水路の治水手段としての使用可能性

ア 河川法二二条一項による使用権限

河川法二二条一項は、河川管理者が洪水等の緊急事態により危険が切迫した場合に、河川管理者の設置、管理する施設以外の工作物を処分すること、すなわち、その工作物の用法に従って用いずに、移動し、破棄する等その現状に変更を加えることができるものとして、河川管理者に緊急事態に対応した措置を行う権限を与えているところ、うそぶき水路は、河川法上の工作物に該当するから、同条項によれば、被告国らが緊急事態においてうそぶき水路を処分できることになる。ところで、工作物の使用は、右の処分よりも遙かに工作物の権利者に及ぼす損害・負担が少ない。そうだとすると、右条項は河川管理者による緊急事態における工作物の使用を当然に許容する趣旨と考えるべきである。

したがって、被告国らは自らうそぶき水路を使用して河口湖の水位調整をする権限があった。

イ 一級河川としての指定可能性

仮にうそぶき水路が被告東電の管理にかかる利水専用施設であり、被告国らが本件水害前にうそぶき水路を治水のために使用する権限を有していなかったとしても、被告国らは、河口湖に水害が発生することを防止するために、うそぶき水路とその放水先の施設を一級河川に指定して、うそぶき水路を利水・治水の兼用施設とする措置をとれば、必要なときにこれを使用して水位を調整することができた。

ウ 被告東電に対する「県指示」による水位の調整可能性

a 被告国(建設大臣)は、昭和五一年九月一〇日、被告東電のうそぶき水路による河口湖からの取水の許可に際し、水利使用規則として河口湖の水位が平水位以上の場合、平水位に低下するまでは毎秒七・七九立方メートル以内の水量を取水することができ(同規則四条二項一号)、河川管理者が必要あると認めたときは水利使用者に対し、水利使用者がとるべき必要な措置を指示することができる(同規則四条三項)旨定めた。

b 被告国らは、被告東電に対し、少なくとも昭和五六年一二月以降昭和五八年五月までの間、治水上の配慮から相当日数にわたり発電及び灌漑以外の目的の取水(排水)の停止及び開始を「県指示」の形で求め、被告東電はこれをすべて受け入れていた。

c 被告国は、被告東電に対し、昭和五八年八月一日、同規則四条三項に基づき、建関水第三四九号の二の指示書によって、当分の間河口湖の水位が標高八三二・五二五メートル(平水位以下一メートル)以上の場合には、この水位に低下するまでは毎秒七・七九立方メートル以内の水量を取水することを指示し(以下「本件指示」という。)、被告東電は本件水害以前に、本件指示に基づき、河口湖の水をうそぶき水路から取水し、河口湖の水位は、本件水害当時には平水位以下一・〇八メートルとなっていた。

d 右aないしcの事実によれば、水利使用規則は単なる利水のための規則から治水のための規則へとその性格を一部変容したものであり、被告国らは被告東電に対し適切妥当な水位の設定を指示する権限を有し、又は、少なくとも同規則四条二項に基づき又は従前実施していた「県指示」によって事実上うそぶき水路による排水により河口湖の水位を低下させうる地位にあったものといえる。

<4> 県庁隧道の活用による被害の減少可能性

ア 県庁隧道の機能回復の必要性とその認識可能性

a 県庁隧道が本件水害当時にその排水機能を失っており、他方、うそぶき水路の排水能力では、一旦、五七年水害時を初めとする過去に記録されたと同規模程度の集中的な多量降雨による増水があると、これを早期に排水できないことは、前記(一)(5)(うそぶき水路の急激な排水への対応力)及び同(一)(8)<3>(五七年水害と湖辺住民の水位低下を求める陳情)のア(五七年水害の経緯)の事実から明らかである。

b 河口湖治水組合は、被告山梨県河川課に対し、再三、殊に、五七年水害後には県庁隧道の維持管理のための補助を要請したのであり、被告国らは右の事実を認識し又は認識し得た。

イ 被告国らの県庁隧道の機能回復の容易さ

被告国らは、右アの各事実に照らし、昭和五八年の降雨期前に河口湖治水組合による県庁隧道の維持管理が適切に行われているかどうかを調査し、もしそれが不十分なときは県庁隧道を一級河川に指定して自ら管理し又は河口湖治水組合に対して必要な勧告、指導及び財政援助を行い、その排水機能を応急的に回復させることは容易であった。

ウ 県庁隧道の排水能力と被害の低減

県庁隧道の排水能力は毎秒四立方メートルであり、被告国らが右イの措置をとっていれば、増水時にこれを活用して排水することによって水位の上昇を抑制し、万一水害が発生しても浸水期間を短縮させ、ひいては湖周辺の住民の被害を減少させることができた。

<5> 被告国らの水位調整義務

被告国らは、以上の<1>ないし<4>の事実に照らし、ダム湖に関する法的規制に準じて、細心の注意に基づき治水管理を行う体制、すなわち、河口湖における降雨の法則性、降雨量と水位上昇に関する法則性、過去の水害の記録、既存隧道の排水能力等に関する観測・調査・研究をしたうえで、既存隧道を保守し、これによって適切に河口湖の水位を調整し、水害を防止する体制をとるべき義務(以下「水位調整義務」という。)がある。

(2) 水害防止が可能な水位調整の具体的内容

<1> 前記(一)(3)(降水量と水位上昇との法則性)、同(一)(5)(うそぶき水路の急激な増水への対応力)及び同(一)(6)<3>(五七年水害と湖辺住民の水位低下を求める陳情)のア(五七年水害の経緯)の事実によれば、仮に戦後最大の五七年水害の際の降雨又は本件豪雨と同規模程度の降雨に伴う水位の急上昇があっても、河口湖の水位を多量降雨期前に平水位以下三メートルに設定し、かつ、台風等により集中的に多量の降雨があることが確実に予測される時点以降の最大限の排水(県庁隧道から毎秒四立方メートル、うそぶき水路から毎秒七・七九立方メートル)を行えば、水位が平水位を越えることはない。

<2> 他方、仮に、右<1>のとおりの事前の水位設定をしても、河口湖周辺で田・畑の耕作に従事する者達が灌漑用に湖水を汲み上げるにあたり通常よりも一段多くのポンプを要し、被告東電が発電用水量に多少の支障を来す程度の損害が発生するに止まり、利水にもさほど大きな損害を及ぼさない。

<3> 被告国らは、本件水害以前に右<1>及び<2>の各事実を認識し又は認識し得た。

<4> したがって、被告国らは、多量降雨期前にうそぶき水路を使用して、あらかじめ河口湖の水位を平水位以下三メートルに設定し、かつ、台風等により集中的に多量の降雨があることを確実に予測できた時点以降の最大限の排水を行う義務を負っているものというべきである。

(3) 水位調整義務の懈怠

しかるに、被告国らは、

<1> 本件水害時までに河口湖における降雨の法則性、降雨量と水位上昇に関する法則性、過去の水害の記録、隧道の排水能力等に関する観測・調査・研究をせず、

<2> 自ら又は被告東電に対し命令ないし事実上の指示をして本件水害発生前にうそぶき水路を使用して河口湖の水位を平水位以下三メートルに低下させず、

<3> 本件水害時までに県庁隧道の応急的な機能回復に必要な措置をせず、

<4> 昭和五八年八月一四日午前〇時の時点には台風五号と六号が山梨県方面に進路を向けていることが明らかになり、河口湖の集水域に台風による集中的な多量の降雨があることを確実に予測できたのであるから、右時点から排水すべき義務があるのにこれを怠り、

<5> 自ら又は被告東電をして

ア 前記各台風による河口湖の水位の急上昇に備えた右<4>の時点以降の県庁隧道による毎秒四立方メートルの最大排水をすることができず、

イ 右時点以降、うそぶき水路による毎秒七・七九立方メートルの最大排水もしなかった。

もって、被告国らないし被告国の担当職員は水位調整義務を怠ったものである。

4  被告東電の不法行為責任

(一) 水位調整義務の根拠

(1) 河口湖における集中的な多量降雨による水害発生の危険性と認識可能性

<1>ア 前記3(一)(1)(河口湖における水害と治水の歴史的経緯)の<1>(明治時代以前の水害の歴史)及び<2>(被告山梨県による県庁隧道の設置と機能の停止)の各事実を引用する。

イ 同3(一)(1)<3>(うそぶき水路の設置と治水に関する協定)の各事実を引用する。

<2> 同3(一)(2)(河口湖の水害を招き易い地勢)の各事実を引用する。

<3> 同3(一)(3)(河口湖の集水域における多量降雨期)の冒頭の事実、<1>(六月ないし一〇月が多量降雨期であること)及び<2>(六月ないし一〇月の集中的な多量降雨の頻度)の各事実を引用する。

<4> 同3(一)(4)(降水量と水位上昇との間の法則性)の<1>及び<2>の各事実を引用する。

<5> 同3(一)(5)(うそぶき水路の急激な増水への対応力)の<1>(うそぶき水路の最大排水量及び水位低下能力)、<2>(過去の急激な水位上昇の記録)及び<3>(急激な増水への対応力がないこと)の各事実を引用する。

<6>ア 同3(一)(6)(河口湖湖畔の利用状況の変化と五七年水害の発生)の<1>(湖面の埋立て)のアの事実を引用する。

イ 同3(一)(6)<2>(湖畔の利用状況の変化)の事実を引用する。

ウ 同3(一)(6)<3>(五七年水害と湖辺住民の水位低下を求める陳情)のア(五七年水害の経緯)の事実を引用する。

<7> 以上の<1>ないし<6>の事実を総合すれば、河口湖は、六月ないし一〇月の間、既存水位が平水位付近にあれば、人工的な排水の努力がなされない限り、五七年水害時の豪雨に代表されるような集中的な多量降雨により水位の急上昇ひいては平水位を超える異常増水を招いて、平水位近くの標高にある河口湖湖畔の多数の建物がたやすく浸水被害を受け、原告ら住民が莫大な損害を受けるおそれがあることは明らかであり、かつ、被告東電、同代表取締役及び河口湖の取水、放流に関する業務を担当する同職員ら(以下「被告東電担当職員」といい、これと被告東電及び同代表取締役を併せて「被告東電ら」という。)はこれらの事実を五七年水害以前ないし本件水害以前に認識し又は認識し得たものである。

(2) うそぶき水路による水害防止の可能性

河口湖では、六月ないし一〇月の集中的な多量降雨期に入る前に、被告東電が所有管理し河口湖で唯一の排水機能を有する人工的工作物であったうそぶき水路を使用して予め排水し、既存水位を平水位以下の必要十分な水位に低下させておき、かつ、集中的な多量降雨が始まることを確実に予測できるようになった時点から同水路による最大限の排水をすれば平水位を越える増水を防ぐことができる。

(3) 河口湖治水組合との協定上の義務

<1> 被告東電は、河口湖治水組合に対し、うそぶき水路による排水に関する協定(前記(一)(1)<1>イ)に基づき契約上の義務として増水回避ないし水害防止義務を負担した。

<2> 同組合は、河口湖周辺の各町村の住民に総有的に帰属する河口湖の湖水についての慣行上の水利権を、各町村を主体としつつ、湖辺住民のために管理し、併せて治水を図る目的で組織ないし設立されたものであり、事実的には湖辺住民の総意を代表する機関である。

<3> したがって、被告東電は、実質的には湖辺住民個々との関係で右の義務を負担していると考えることができる。

(4) 被告東電の水利権行使による莫大な利得の存在

被告東電は、河口湖という自然の貯水池に十分な水資源を貯溜させ、そこから安価に取水して発電に使用することによって莫大な利益を上げている。

(5) 右(1)ないし(4)の各事実によれば、被告東電に、湖辺住民である原告らに対する関係で、被告東電の利益の源泉である河口湖が保有する水害発生の危険性を解消するために必要な研究をしたうえ、うそぶき水路の排水能力及び過去の降雨実績等を勘案し、多量降雨期前にうそぶき水路を活用して予め必要十分に水位を低下させ、集中的な多量降雨の有無を常に予測できるような体制をとり、これが始まることが確実となった時点以降にはうそぶき水路による最大限の排水をなし、河口湖の水位を適切に調整する義務(以下「被告東電の水位調整義務」という。)を負担させるのが公平である。したがって、被告東電は原告らに対し、条理上、右の水位調整義務を負い、同代表取締役は、被告東電の水位調整義務に基づき国に対し水害防止のために適切な水位調整の措置をとるよう働きかけ又は自ら右の措置をとるべき義務があり、被告東電担当職員は、同代表取締役に対し水害発生防止のために必要な措置を求める報告をすべき義務を負っている。

(二) 被告東電の水位調整義務の具体的内容

(1) 水害回避に必要な水位の調整方法

河口湖の水位を多量降雨期(具体的には六月から一〇月)前に平水位以下三メートルに設定し、かつ、台風等により集中的に多量の降雨があることが確実に予測される時点以降にうそぶき水路による最大限(毎秒七・七九立方メートル)の排水を継続すれば、仮に戦後最大の五七年水害と同規模の水位の急上昇があっても平水位を越えることはない。

(2) 利水者の損害の程度

右(1)の水位調整方法は、河口湖周辺で田・畑の耕作に従事する者達が灌漑用に湖水を汲み上げるにあたり通常よりも一段多くのポンプを要し、被告東電が発電用水量に多少の支障を来す程度の損害に止まり、利水にもさほど大きな損害を及ぼさない。

(3) 集中的な多量降雨の予測可能時期

河口湖では、昭和五八年八月一四日午前〇時には台風五号、同六号により集中的な多量の降雨があることが確実に予測できた。

(4) したがって、被告東電らは、うそぶき水路により、本件水害前に河口湖の水位を予め平水位以下三メートルに低下させ、かつ、昭和五八年八月一四日午前〇時以降は、最大限の排水(毎秒七・七九立方メートル)を継続する義務があった。

(三) 水位調整義務の懈怠

しかるに、被告東電は、故意又は過失に基づき、前記(一)(4)の河口湖が保有する水害発生の高度の危険性を解消するために必要な研究をすること及びうそぶき水路により本件水害前に河口湖の水位を予め平水位以下三メートルに低下させ、かつ、昭和五八年八月一四日午前〇時以降に最大限の排水(毎秒七・七九立方メートル)を継続することをいずれも怠り、同代表取締役は国に水害防止のために適切な水位調整の措置をとるよう働きかけること及び自ら右の措置をとることを怠り、被告東電担当職員は同代表取締役に対し水害発生防止のために必要な措置をとることを求める報告をしなかった。

5  因果関係

(一) 被告国らの前記3(二)の新隧道の未整備又は同3(三)の水位調整義務の懈怠がなければ、本件水害の発生はなかった。

(二) 被告東電らの前記4(三)の水位調整義務の懈怠がなければ、本件水害の発生はなかった。

6  損害

原告らが本件水害により被った個別の損害額は、別紙損害目録記載のとおりである。

7  結論

よって、原告らは、被告らに対し、それぞれ、被告国に対しては公の営造物の管理の瑕疵(国家賠償法同法二条一項)又は公務員の過失に基づく違法な公権力の行使(一条一項)に基づき、被告山梨県に対しては公の営造物の設置管理の費用負担者の責任(同法三条)に基づき、被告東電に対しては不法行為(民法七〇九条、同法四四条一項の類推又は同法七一五条)に基づき、別紙請求目録一記載の各金員及び右各金員から弁護士費用を除いた同目録二記載の各金員に対する原告らが損害を被った日の後である昭和五九年二月九日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を各自支払うことを求める。

二  請求原因に対する被告国、被告山梨県の認否ないし反論

1(一)  請求原因1(当事者)の(一)(原告ら)の事実は知らない。

(二)(1)  (被告国)

請求原因1(二)(被告ら)の(1)の事実は認める。

(2) (被告山梨県)

同1(二)(被告ら)の(2)の事実は認める。

2(一)  請求原因2(一)(河口湖の概況)の事実のうち、河口湖が富士山の数度にわたる噴火により生成された湖面積が五・七八六平方キロメートルで水深が一五・二メートルの自然流出河川の全くない閉鎖性湖沼であること、人工的な排水機能を有する施設としてはうそぶき水路しかないこと、河口湖の二一の流入河川があること、以上の事実は認め、その余の事実は否認する。河口湖に雨水が流入する降雨の地域としては、富士山と御坂山塊があり、河口湖に流入する河川としては、山の神川、寺川、西川、梨川、馬場川、奥川、的場川、室沢川、平浜川の九つの一級河川がある外、富士山からの伏流水、湖畔、湖底にある多数の湧水も河口湖の水量に複雑な影響を与えている。しかし、このうち、富士山からの流入については、降雨時や融雪期には地表を流れるものの、普段は地下に浸透して、伏流水という形で富士五湖に影響を与えるという流入機構の複雑さがあるため、河口湖を含めそれぞれの湖の集水域の面積を単純に確定できるものではない。

(二)(1)  同2(二)(河口湖地方への豪雨と被害状況)の(1)(本件豪雨の状況)及び(2)(水位の変動状況)の事実はいずれも認める。

(2) 同2(二)(3)(被害状況)の事実は知らない。

(三)  同2(三)(本件水害の発生原因)の事実は認める。

3(一)(1)<1> 請求原因3(一)(1)(河口湖の水害と治水の歴史的経緯)の<1>(明治時代以前の水害の歴史)の事実のうち、明治四〇年の水害の期間、規模、被害の程度については明らかに争わず、その余の事実は認める。

<2>ア 同3(一)(1)<2>(被告山梨県による県庁隧道の設置と機能の停止)のアの事実のうち、湖辺各村が明治四〇年一二月二一日に河口湖の通水事業等を目的として河口湖治水組合を設立したこと、県庁隧道が大正二年一一月二五日に完成したことは認め、その余の事実は否認する。

県庁隧道は、河口湖治水組合が同組合の明治四一年七月五日の議決に基づき建設を行ったものである。被告山梨県は、右事業の実施につき県税の補助をしたに止まるのであって治水のための方策として主体的にこれを建設したものではなく、建設後の管理費用の一部を被告山梨県が補助したこともない。

次に、県庁隧道の完成当初の排水能力が、毎秒四立方メートルであったことを証するものは存在せず、実態は不明である。しかし、同隧道の最小管径から流下能力を計算すると最大でも本件水害発生中に復旧した後の実績と同じ毎秒約一・二一立方メートルである。

イ 同3(一)(1)<2>イの事実は認める。

<3>ア 請求原因3(一)(1)<3>(うそぶき水路の設置と治水に関する協定)のアの各事実のうち、桂川電力が河口湖治水組合との間で湖面が平水位以上に上昇して有租地に水害が生じないようにうそぶき水路から排水する旨の合意をしたことは否認し、その余の事実はいずれも認める。

イ 同3(一)(1)<3>イの事実のうち、うそぶき水路通水後の大正一四年及び昭和一三年に水害が発生したことは認め、その余の事実は否認する。同水路は、河川法の許可を受けて設置された利水専用施設であり、水利使用に関する許可の内容及び条件は水利使用規則に規定されている。この水利使用の許可という行政行為の内容を桂川電力と河口湖治水組合との間の民事上の契約である「協定書」によって変更することはできないことは論をまたず、協定書成立の経緯がどのようなものであろうとも、同水路が治水施設としての性格をもつことはありえない。

(2)<1> 請求原因3(一)(2)(河口湖の水害を招き易い地勢)の事実のうち、同2(一)(河口湖の概況)の事実はこれに対する前記認否のとおりである。

<2> 同3(一)(2)のその余の事実は否認する。富士五湖は、流入機構が複雑であるため、流入する降雨の量が集水域の面積の大小に比例するのが原則とは一概に言えず、特に河口湖が容易に急激な湖面の上昇による湖辺水害を招く危険が大きい地勢とは言えない。現に、大正二年に県庁隧道が完成し、大正七年にうそぶき水路の通水が始まってからは、大正一四年、昭和一三年の二回しか水害は発生せず、五七年水害まで実に四四年間も水害が発生しなかったのであり河口湖は極めて安全な湖であったのである。

(3)<1> 請求原因3(一)(3)(河口湖の集水域における多量降雨期)の冒頭事実は争う。

<2> 同3(一)(3)<1>(六月ないし一〇月が多量降雨期であること)の事実は認める。原告らは、河口湖の一か月の平均降雨量として、一年間の平均降雨量を単純に一二か月で除して算出し、その数値を基準にして多降雨期と小雨期に区分けしている。しかし、その根拠が単に河口湖の一年間の平均降雨量を一二か月で除した一か月の平均降雨量を基準にし、上下五〇ミリメートルの余裕を見て、一五〇ミリメートル以上を多降雨期、一〇〇ミリメートル以下を小雨期としているものであるとすれば、多降雨期と小雨期の区分けが単純すぎて、両者の区別がどのような気象学的意味を持つのか不明である。原告らのこの区別は、平均的な日本の気候からしても当然なものであって、特に河口湖固有の法則ではない。被告国らは、もとより河川管理者として、六月から一〇月までを「出水期」、一一月から五月までを「非出水期」と考えている。

<3> 請求原因3(一)(3)<2>(六月ないし一〇月の集中的な多量降雨の頻度)の事実のうち、昭和九年から同五八年までの五〇年間の河口湖の降雨のうち、一日から五日前後の期間に一〇〇ミリメートル以上の降雨があった回数は一二〇回であり、右の程度の降雨が圧倒的に六月から一〇月に集中し(一一五回、全体の約九六パーセント)、特に、八月と九月で全体の約五二パーセント(六二回)占めていることは認めるが、その余の事実は否認する。一日平均二〇ミリメートル以上の降雨が、個々の降雨パターンを考慮することなく、いずれも集中的な多量降雨であると判断することはできない。

仮に、これを集中的な多量降雨と判断すると、それが五〇年間に一二〇回あったという数値は、河口湖において昭和九年から昭和五八年の間に水害が発生したのが昭和一三年、五七年、五八年の三回だけであるという実態に照らせば、河口湖が極めて安全な湖であることを証明している。

(4)<1> 請求原因3(一)(4)(降水量と水位上昇との間の法則性)の<1>の事実のうち、山梨学院大学教授濱野一彦が請求原因3(一)(6)<3>アの水害に際して河口湖の集水域の降雨量と河口湖の水位上昇との関係を解析し、その後報道機関及び被告山梨県土地水対策課に濱野理論を報告したこと、河口湖測候所日雨量年表及び同水位年表が公刊物であることは認め、その余の事実は否認する。原告らの指摘する同3(一)(4)の法則は、河口湖の流入、流出機構が複雑で単純ではないこと及び降雨パターン等を考慮に入れてこれを精査していく必要があることを全く考慮していない、あまりにも短絡的なものである。また、原告らが同3(一)(4)の法則の根拠として引用している濱野理論は富士五湖全体を対象として湖面上昇量を推定しているものであるが、この法則が富士五湖の中で特に降雨量が少なく、その降水面積に含まれる富士北麓と御坂山地の雨水の流出率には大きな差があり、即時流出流入率も当該地における既往の降雨の多少により〇・一四ないし〇・三六程度の変動が見られる河口湖にはそのまま妥当するものではない。また、濱野理論は一日当たり一〇〇ミリメートル以上の雨が単発的にあった場合に妥当しない。

<2> 同3(一)(4)<2>の事実は明らかに争わない。しかし、河口湖の平均水位は、昭和二六年一二月から昭和五八年七月の統計では、実際には平水位以下約一・六メートルであって右の期間を含めて昭和一三年ないし昭和五七年の間には水害が全く発生していないのである。

(5)<1> 請求原因3(一)(5)(うそぶき水路の急激な増水への対応力)の<1>(うそぶき水路の最大排水量及び水位低下能力)の事実のうち、うそぶき水路の本件水害当時の最大排水能力が毎秒七・七九立方メートルであることは認め、その余の事実は明らかに争わない。

<2> 同3(一)(5)の<2>(過去の急激な水位上昇の記録)及び<3>(急激な増水への対応力がないこと)の各事実は認める。

(6)<1>ア 請求原因3(一)(6)(河口湖湖畔の利用状況の変化と五七年水害の発生)の<1>(湖面の埋立て)のアの事実は認める。

イ 同3(一)(6)<1>イの事実のうち、被告国らが昭和三二年ないし昭和五六年の間の被告山梨県又は船津財産区による河口湖の湖面の埋立工事を規制しなかったこと、河口湖の大池地区を災害危険区域に指定しなかったことは認める。

ウ 同3(一)(6)<1>イの事実のうち、被告国らが大池地内宅地造成を除く埋立工事を規制し得たことは明らかに争わない。

エ 同3(一)(6)<1>イのその余の事実は否認する。

そもそも、大池地区は、昭和一三年の払い下げ前の時点で、既に大蔵省が所管するところの雑種地であって、河口湖が昭和一八年旧河川法五条の規定による準用河川として認定され河川として被告山梨県による管理が始まった時点では、同地区は準用河川河口湖に含まれていなかった。また、「公共の用に供する水流又は水面にして国の所有に属するもの」(公有水面埋立法一条一項)でないことから公有水面埋立法の対象ともならないこととなったのである。したがって、昭和三九年の船津財産区による大池地区の宅地造成については、山梨県知事の旧河川法あるいは公有水面埋立法による許可等は要せず、被告国らが右埋立てを規制し得たという原告らの主張は誤りである。

また、同地区については、河口湖が昭和一三年から昭和五七年までの四四年間にわたり水害の発生がなかったことから災害危険区域に指定しなかったものであり、極めて合理的な措置といえる。ちなみに、昭和五八年三月末現在の全国の災害危険区域の指定状況は、全国で六六一一箇所、一万八五一七・四ヘクタールであるが、その内、津波、高潮、出水による災害危険区域の指定箇所は全体の〇・二五%にすぎない。

<2> 請求原因3(一)(6)<2>(湖畔の利用状況の変化)の事実のうち、河口湖周辺の居住状況が東京オリンピックの開催、中央高速道路の開通、レジャーブームの到来等から変化し湖畔のすぐ近く特に大池地区では平水位近くの標高に旅館、ホテル、一般住宅、公共施設等の多くの建物が建築されていることは認め、その余の事実は知らない。

<3>ア 請求原因3(一)(6)<3>(五七年水害と湖辺住民の水位低下を求める陳情)のア(五七年水害の経緯)の事実は認める。

イ 同3(一)(6)<3>イ(水害防止策の陳情)の事実のうち、河口湖町々長が昭和五八年四月に湖水位を平水位以下一メートルにすることを要望したこと、原告ら住民が河口湖治水組合を通じて昭和五八年七月一日に山梨県知事に四月から一〇月の間の水位を平水位以下二メートルまで低下させることを陳情したこと、被告国らの検討の結果として被告東電に対し河口湖町々長の要望に副うかたちでの水位設定が指示されたことは認め、その余の事実は否認する。被告山梨県河川課が過去に県庁隧道の維持管理のための補助要請を河口湖治水組合から受けた記録はなく、昭和五七年の水害後、同隧道復活を求めたということについても正式に要請があったか否かは不明であり、原告ら住民が山梨県知事に水位を平水位以下三メートルにするよう陳情したことはない。

(ア) 請求原因3(一)(7)(集中的な多量降雨による水害発生の危険性とその認識ないし認識可能性)の事実のうち、同(1)ないし(6)の各事実については前記(1)ないし(6)の認否のとおりであり、同(5)<2>掲記の水位の急上昇記録の原因となった台風等の影響による集中的な多量降雨が始まってからでは、うそぶき水路を活用して最大限の排水をしても水位の急上昇を防ぐことはできないことは認め、その余の事実は否認する。

昭和五八年当時に改修が進められていた山梨県内の八五河川(以下「八五河川」という。)について全国の各河川の水害統計が整備された昭和四〇年から昭和五七年までの一八年間の被災状況をみてみると、一河川当たり平均一・〇五回の水害を経験しており、浸水面積は一河川当たり累計で八四ヘクタール、床下浸水以上の建物被害は同じく九三棟、一般資産、農作物、営業停止損失の一般資産等被害額は同じく四九六三万五〇〇〇円である。これに対し、河口湖においては、同期間の水害一回、浸水面積三ヘクタール、建物被害七棟、一般資産等被害額二七九三万一〇〇〇円であったうえ、大正六年にうそぶき水路が完成し、桂川電力ないし被告東電が発電用に取水してきたことから、ほとんどの期間水位が平水位を下回っていたため(昭和二六年から昭和五八年の三二年間での平水位以下の日が約九六・三四パーセントである。)、大正六年から昭和五七年までの間に二回しか水害が発生せず、特に昭和一三年以降は実に四四年間河口湖において水害が発生していなかったのである。したがって、河口湖は高い安全性を有していたことがわかる。

(二)  新隧道の未整備について

(1) 一級河川である湖の設置又は管理の瑕疵の有無の判断基準(請求原因3(二)(1))について

<1> 国家賠償法二条一項にいう営造物の設置管理の瑕疵の意義

国家賠償法二条一項にいう営造物の設置管理の瑕疵は、営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性のある状態をいい、かかる瑕疵の存否については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の状況を総合的に考慮して、具体的個別的に判断すべきものである。

<2> 河川の特性及び河川管理の特殊性

ところで、河川は、本来、自然発生的なもので、設置を待たず存在し、一般に利用されているのであって、元々洪水等の自然的原因による災害をもたらす危険性を内包した状態のまま共用開始の意思表示を要することなく供用されているものであり、河川管理は、流水という自然現象を対象としており、その源となる降雨の規模、範囲、発生時期等の予測や洪水の発生、作用を把握するための実物実験が不可能なため既往洪水の経験に依拠してその予測をせざるを得ないという困難さがあるなどの特殊性があり、安全性の確保されていない危険物としての河川を前提として、管理開始後において、予想される洪水等による災害を防止すべく、逐次種々の治水工事により安全性を高めていかなければならないところ、治水事業を進めるに際しては後記<3>の諸制約があるうえ河川管理においては危険状態回避のための簡易かつ臨機応変の手段がなく、その改修の過程において安全性を確保することは不可能であり、右の改修の過程に対応した過渡的安全性を確保するにとどまらざるを得ないのであり、右の河川管理の特性を等しく有している湖(一級河川)においてもこの点において異なることはない。

<3> 治水事業実施上の諸制約

ア 財政的制約

河川は、本来的に洪水発生による氾濫の危険性を内包したまま、管理せざるを得ないものであり、その危険性を軽減し、河川の安全性の向上を図るためには、長大な河川延長に対して、治水投資を行って堤防の整備、河道の拡幅、ダムの設置などの大掛りな工事を行うほかないが、これには莫大な資金を必要とするのであって、全国に数多く存する河川全部について一挙に理想の状態まで整備することは到底不可能である。また、治水事業に投ずる資金は、議会制民主主義制度の下で、国民生活上の他の諸要求との調整の下で、国及び地方公共団体の議会によって決定され、最終的には国民の負担によって賄われるものである。国や地方公共団体の限られた財政規模の総枠の中で、他にも多くの行政需要が存する以上、治水事業に投じる資金にはおのずと限界がある。

イ 時間的制約

河川は、前述のとおり、人間がその流域で生活する以前から既に存在し、人間の社会経済生活の中に組み込まれた時から既に危険な状態のまま公共の用に供されていたのである。これに対する堤防の築造等の河川改修工事は、当該河川の水系全体にわたる調査・検討を経て全体計画を立て、危険の程度等を総合的に考慮し、緊急に改修を要する箇所から段階的に、また原則として下流から上流へと改修を進め、長大な河川延長について順次改修区間を延長していく大規模な工事であり、しかも一定の区間が改修されて初めてその効果が出るものであるため、物理的意味での効果がもたらされるまでには当然長い工期を必要とする。

また、工事の着手に当たっては、住民の生活上の諸権利や水利権、漁業権に影響を及ぼさないように配慮したり、鉄道橋や道路橋等他の工作物の管理者との調整を図る必要があるため、着手に至るまでにもかなりの時間を要する。

したがって、洪水防御計画の基本となる洪水(大河川では戦後最大の洪水を、中小河川では概ね五年ないし一〇年に一回程度発生する時間雨量五〇ミリメートルの降雨による洪水を当面の目標としているのが実情でこれを基本高水という。)に対応する河川改修工事が完了するまでの間は、その時点における河川の安全度を超える流水に遭遇すれば、その河川について流水を安全に流下させることができないということとなり、その結果、洪水などの被害が発生することとなる。これは右記時間的制約に基づくものであり、河川管理上避けがたい。

ウ 技術的制約

治水の手段は、最近の科学技術をもってしてもなお未解明部分の多い自然現象と、流域それぞれに異なる地形、特性を持ち画一的でなく、しかも社会的情勢の変動が流域の土地利用を急激に変化させ、それに伴う流出機構の変化によって大きな影響を受ける河川を対象としているため、最新技術をもってなされた治水工事も、その後の技術の進歩や情勢の変化により不十分なものとなることがあり、その意味において治水事業は果てることのない事業である。

また、治水事業を実施する上で必要とされる河川工学は、河川学を初め、水文学、水理学、土質力学、施工技術等を総合する学問であり、降雨という極めて予測や制御が困難な自然現象により発生する洪水を対象とすることから経験工学でしかない。

しかも、河川の一連の機能の向上を図るための河川改修は、下流部から上流部に向かって進めていくことが原則とされており、部分的な危険箇所が存在する場合でも問題箇所だけの部分的な改修にとどまらず、河川全体として上下流で整合のとれた治水機能の向上を図る方法でなければ工事の施行ができないという制約もある。

エ 社会的制約

昭和三〇年代から昭和四〇年代半ばに至る我が国経済の高度成長は、人口、産業の急激な都市集中をもたらし、これに伴う森林、丘陵地、田地などの開発が雨水の貯留効果の減退をもたらした結果、河川流域に降った雨が一時に流出するため、高水流出量の急激な増大による洪水被害が懸念されている。

このため、河川流域において急激な開発が進む中での治水対策は、従来主体であった河川整備による治水施設の拡充のみでは対応しきれない状況になってきており、流域内の土地利用計画等と複雑かつ微妙な調整を図りながら総合的な治水対策を進めざるを得ない実情にある。

また、このような急激な都市集中によって既成市街地周辺部に宅地が求められたため、都市周辺の宅地開発はすさまじく、そのことによる地価の異常高騰のため、さしたる都市整備のないまま簡単に住宅が建てられ、災害を受けやすい住宅非適地が先に住宅地化する傾向もみられた。

このような諸状況変化の速度はあまりにも早く、これに対応する河川の整備が追いつけないのが現状である。

オ 以上のような河川管理の特殊性及び河川管理上の諸制約から、湖を含むすべての河川について、通常予測し、かつ、回避し得るあらゆる水害を未然に防止するに足りる治水施設を完備するには、相応の期間を必要とする。すなわち河川は管理を開始した時点において完全な安全性を具備することができない公物である。したがって、現時点では、その時代の財政状況のみならず、社会・経済情勢との見合いにおいて、それぞれの河川についての改修等の必要性、緊急性を比較しつつ、その程度の高いものから段階的に河川改修を実施せざるをえないのである。

<4> 湖管理の瑕疵の有無の判断基準

したがって、当該湖の管理の瑕疵の有無については、最高裁昭和五九年一月二六日第一小法廷判決(いわゆる大東水害訴訟最高裁判決)が判示したように、我が国における治水事業が前記<2>及び<3>の河川管理の特殊性及びこれに由来する諸制約によっていまだ通常予測される災害に対応する安全性を備えるに至っていない現段階においては、過去に発生した水害の規模、発生の頻度、発生原因、被害の性質、降雨状況、流域の地形その他の自然的条件、土地の利用状況その他の社会的条件、改修を要する緊急性の有無及びその程度等諸般の事情を総合的に考慮し、前記諸制約の下での同種、同規模の河川管理の一般水準及び社会通念に照らして是認し得る安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべきである。

(2) 請求原因3(二)(2)(新隧道建設の必要性とその認識可能性)の<1>及び<2>の各事実はいずれも否認する。

山梨県内の天井川、内水河川その他の急勾配河川の多くは、昭和四〇年代以降、その周辺の宅地造成が進んで、いわゆる都市河川となっており、その流域では、流速のために破堤すると人家が流出したり人命、財産に壊滅的で広範囲の損害が発生するおそれがあるが、これらの河川は御坂山塊を挟んで甲府盆地側の北巨摩郡、中巨摩郡、南巨摩郡、甲府市、東山梨市及び東八代郡の中西部地方に集中しており、現に、同地方では、昭和三四年に死者、行方不明者が一〇五人、人家の全壊、半壊が四八〇〇戸、当時金額換算で被害額四〇〇億円という災害が発生し、昭和三六年、昭和四一年にも、同様の水害が発生している。

そこで、山梨県内における昭和五八年当時の改修事業は、前記地域にある河川を中心とした八五河川について県民生活上の他の諸要求との調整を図りつつ段階的に進められていたものであり、具体的には、都市河川一〇河川については計画降雨量の年超過確率一〇分の一(過去の降雨実績をもとに確率統計的手法を用いて計算された降雨量の年確率であり、年超過確率が一〇分の一ということは平均して一〇年に一度の割合で計画降雨を超える降雨が発生する可能性があることを示し、改修計画はこの規模までの洪水被害を避けることを目標としているのである。)から八〇分の一あるいは既往最大雨量を目標とし、内水河川九河川については同一〇分の一から五〇分の一あるいは既往最大雨量を、急流河川五五河川については同一〇分の一から八〇分の一あるいは既往最大流量を、天井川一一河川については同三〇分の一から五〇分の一をそれぞれ目標として改修事業を行っていた。また、八五河川のうち計画降雨量の年超過確率三〇分の一と五〇分の一を改修計画の目標としているものが六一河川とほとんどを占めているが、未だ同一〇分の一を改修計画の目標としている河川も四河川もあり、現に昭和四〇年から昭和五七年までの一八年間に一河川当たり平均一・〇五回の水害(浸水面積は一河川当たり累計で八四ヘクタール、床下浸水以上の建物被害は同じく九三棟、一般資産、農作物、営業停止損失の一般資産等被害額は同じく四九六三万五〇〇〇円)を経験している。

これに対し、河口湖では、湖畔の埋立等による宅地化が昭和四七年ごろから進行したが、湖の水害においては水位が相対的には緩やかに上昇することから、人命の被害及び家屋の流出は皆無であり、水害の範囲も湖周辺に限られ(五七年水害における浸水面積は三ヘクタール、建物被害は七棟、一般資産等被害額は二七九三万一〇〇〇円に止まっている。)、桂川電力が大正七年にうそぶき水路により発電用の取水を始めてからはほとんどの期間水位が平水位を下回っていたため(昭和二六年から昭和五八年の三二年間では平水位以下の日が九六・三四パーセントである。)、同年から昭和五七年までの間に二回しか水害が発生せず、五七年水害以前の実に四四年間には水害がなかった。しかるに本件水害に対応できる排水路を設置するとすれば、昭和五八年八月一六日の日雨量について昭和八年ないし昭和五七年の雨量資料により計算される計画降雨量の年超過率にして七〇分の一、同様に同月一四日から一八日までの五日雨量では一八三分の一を目標とすることになる。

しかも、河口湖では、昭和五八年の異常豪雨による水害のような場合を除けば、うそぶき水路により予め水位を低下させたうえ降雨時に排水すれば水害を十分に回避できるといえる。

したがって、山梨県の河川改修の実情と河口湖の水害発生の頻度、被害の態様及び他に選択可能な手段等を考慮すれば、むしろ天井川等急流河川対策を河口湖に優先して行う必要がありこそすれ、他の河川に優先して緊急に河口湖に新しい隧道を建設する必要性はなかったものといえる。

(3)<1> 請求原因3(二)(3)(新隧道建設のための財政援助の可能性)の冒頭事実は否認する。

<2>ア 請求原因3(二)(3)<1>(被告国の財政援助の可能性)のアの事実は争い、同イの事実は明らかに争わない。

イ 同3(二)(3)<1>ウの事実は否認する。昭和五八年当時の山梨県内における改修事業の予算総額が三七億四〇〇〇万円であるのに対し、本件水害に対応できる排水路を設置し、下流整備等をするとすれば、概算で五〇億円以上の資金を要するのであり、右(2)の事実に照らせば、被告国が本件水害当時に特に新隧道の建設について優先的な財政的援助をすべきものであったとはいえないことは明らかである。

<3>ア 請求原因3(二)(3)<2>(被告山梨県の財政措置の可能性)のアの事実は認める。

イ 同3(二)(3)<2>イの事実は明らかに争わない。

ウ 同3(二)(3)<2>ウの事実は否認する。流水占用料等は、使途の特定のない都道府県の一般会計の収入となり(河川法三二条三項)、その実際の使途が当該都道府県の様々な財政需要の中での総合的判断により定められる性格のものである。原告らの流水使用料の全てを優先的に新隧道の建設のために使用すべきである旨の主張は、このような流水占用料等の財政上の性格、山梨県における財政運営の実情及び河川改修事業の優先順位を無視した主張である。

(4) 時間的、技術的制約

更に、昭和五八年水害時の降雨規模に対処できる新しい隧道を掘削するには相当期間を要することは明らかである。また、被告山梨県が本件水害時にうそぶき水路を利用して最大放流を試みようとしたところ昭和五八年八月一六日早朝から宮川と入山川合流地点付近、相模川下流地域のうち西桂町小沼地区、都留市鹿留発電所付近、同境地区付近、同蒼竜峡団地など付近において護岸決壊や浸水地域が多数生じたため直ちに最大放流をすることができなかった原因は、昭和五八年の台風が富士吉田市、西桂町、都留市一帯にわたり異常ともいうべき多量の雨を降らせたことの外に相模川自体が富士山の熔岩地帯を流れる河川で、河床に岩盤が露出し河床が高く、そのため流下能力が不足し、また川幅が狭隘で増水に対処できない箇所が多数あったことである。したがって、今後河口湖の水害を回避する有効な対策としては、まず相模川の右熔岩質の岩盤を掘削して掘り下げ又は川幅を広げるなどの技術的に困難な河川改修工事を行う必要性があり、しかも、相模川下流地域の右河川改修工事が終了しない限り、新隧道を建設したとしても、実際には本件水害時と同様河口湖の水を下流に放流することができなかった。

(5)<1> 請求原因3(二)(4)<2>の事実は認める。

<2> 前記(1)ないし(4)によれば、被告国らが本件水害時までに新隧道を建設していなかったことをもって、被告国らに国家賠償法二条又は四条に基づく公の営造物である湖の管理の瑕疵の責任がないことは明らかである。

(三)  水位調整義務の懈怠について

(1) 被告国らの水位調整義務の根拠(請求原因3(三)(1))について

原告らの請求原因3(三)(1)<5>の主張は、立論の前提を欠き失当である。

<1> まず、河川法一条は、「この法律は、河川について、洪水、高潮等による災害の発生が防止され、河川が適正に利用され、及び流水の正常な機能が維持されるようにこれを総合的に管理することにより、国土の保全と開発に寄与し、もって公共の安全を保持し、かつ、公共の福祉を増進することを目的とする。」と規定し、二条一項は、「河川は、公共用物であって、その保全、利用その他の管理は、前条の目的が達成されるように適正に行なわれなければならない。」と規定するのであるが、右一条の規定は河川法の目的を明らかにしたものにすぎず、二条一項はその目的を達成するため河川管理の原則を明らかにしたものであって、これらの規定が河川管理の個々具体的な場面において、九条で定められている河川管理者に対し、直ちに国家賠償法上の法的作為義務を課するものでないことはいうまでもなく、請求原因3(三)(1)<1>(河川管理者としての治水責任)の主張は理由がない。

<2> 次に、人工工作物であるダムは、下流の洪水被害を防止もしくは軽減する目的で設置地点における洪水時の河川流量を一部カットしその流水をあらかじめ確保されている治水容量分に貯留する治水目的のダム、利水開発を目的とし治水容量を持たないダム、前二者の目的を合せ持つ多目的のダムの三種に分類することができるが、これらのダムは、いずれも河川の中に人工的に堤体を造って水を貯留することから、ダムの設置又は操作に起因するいわば人工的な災害が発生するおそれがあり、これを防止するため、河川法等により河川の従前の機能の維持、水位、流量の観測、操作規程の作成等が要求され、治水ダム及び多目的ダムにあっては治水容量を確保し洪水調節を行う必要があるため、洪水調節のための治水容量の確保等の一定の規制が行われている。

これに対し、河口湖は、自然発生的な公共用物で、流出河川を有しない特殊な湖であり、本件水害当時には実質的な排水施設として大正六年に完成したうそぶき水路が機能していたが、同水路は桂川電力が河川法二六条の許可を受けて設置した発電用の利水専用施設であり、結局、河口湖は治水施設としての放流施設も有していなかったといえるのである。

したがって、河口湖については、ダムの場合に必要とされる規制は要求されないのであり、請求原因3(三)(1)<2>(河口湖とダムとの構造的類似性)の主張も理由がない。

<3>ア 請求原因3(三)(1)<3>ア(河川法二二条一項による使用権限)の主張は、河川法二二条一項の解釈を誤るものであり失当である。同条項は、「洪水、高潮等による危険が切迫した場合において、水災を防御し、又はこれによる被害を軽減する措置をとるため緊急の必要があるときは、河川管理者は、その現場において、必要な土地を使用し、土石、竹木その他の資材を使用し、若しくは収用し、車両その他の運搬具若しくは器具を使用し、又は工作物その他の障害物を処分することができる。」としている。しかし、うそぶき水路は、そもそも本条で規定する「資材」、「運搬具若しくは器具」や「障害物」に該当しないのであり、河川管理者としては、本条に基づいて同水路を緊急に使用できる法的権限がなかったことは明らかである。

イ 次に、河口湖は、a 大正六年にうそぶき水路が完成し翌七年に通水が始まってからは、大正一四年、昭和一三年の二回しか水害は発生せず、昭和五七年までの間、実に四四年間河口湖においては水害が発生しなかったこと、b 昭和二年から昭和五七年まで過去五六年間において水位が平水位以上に上昇したのは右期間中の約一割強であり、それ以外の期間は全て平水位を下回り渇水状態が継続していたものであり、極めて水害の少ない安全な湖であったこと、c 湖がもともと水流河川に比較して流域面積に対する容量の割合がはるかに大きく、特に河口湖では渇水状態が定常的であることから、治水上の措置として一度水位を人為的に極端に下げると梅雨や台風などで余程多量の降雨がない限り水位の回復は困難であり、農業、漁業、観光等の他の利水者へ悪影響を与える危険性が大きく、水位の高低による治水と利水との利害関係が同時背反的であること、d 利水専用施設である同水路を治水目的のために使用するには限界があること、e 現在の気象学では、降雨の定量的予測手法は確立されておらず、しかも、河口湖の流入流出機構は複雑であって、被告国らが昭和五八年の出水期前において本件水害をもたらした降雨量及び水位上昇の程度を予測し得なかったことを総合すれば、本件水害当時までにうそぶき水路を一級河川に指定する根拠はなかったのであり、請求原因3(三)(1)<3>イ(一級河川への指定可能性)の主張は理由がない。

ウ 請求原因3(三)(1)<3>ウ(被告東電に対する指示による水位の調整可能性)について

a 請求原因3(三)(1)<3>ウのa及びcの事実は認める。

b 同3(三)(1)<3>ウbの事実のうち、被告国らが被告東電に対し、少なくとも昭和五七年八月以降昭和五八年五月までの間、治水上の配慮から相当日数にわたり発電及び灌漑以外の目的の取水(排水)の停止及び開始を「県指示」の形で求め、被告東電がこれをすべて受け入れていたことは認め、その余の事実は否認する。

c 同3(三)(1)<3>ウdの事実は否認する。水利使用規則四条三項は、同規則が基本的にはひとつの水利使用に関する権利義務を明らかにしたものであり洪水防止のための規制を行うべきものではないこと及び水位規制の原則的規定である同規則四条二項の一号及び二号がそれぞれ「取水することができる」ものとしていることとの整合性を考えれば、その基本的性格を利水上の規制から治水上の規制へ変更する余地を認めたものと解釈されるべきではない。また、本件指示中には「取水すること」という一見治水目的から取水量を義務付けるかのような文言があるものの、他方、取水に係る水量が「毎秒七・七九立方メートル以内の水量」とされるのみで取水量の下限が定められていない。したがって、同規則四条三項に基づく本件指示その他「県指示」は、同規則の基本的性格を変えずに取水制限規定の暫定的修正運用を行おうとしたものと考えるべきである。すなわち、本件指示その他「県指示」は、一方において、東京電力の同規則に基づく取水権能を拡張したものとみるべきであり、他方において、河川管理者の治水上の便宜の措置に過ぎないものとみるべきである。

<4>ア 請求原因3(三)(1)<4>ア(県庁隧道の機能回復の必要性とその認識ないし認識可能性)について

a 請求原因3(三)(1)<4>アaの事実は認める。

b 同3(三)(1)<4>アbの事実は否認する。

イ 同3(三)(1)<4>イ(被告国らの県庁隧道の機能回復の容易さ)の事実は否認する。河口湖は、前記<3>イのa及びbのとおり安全な湖であり、他方、県庁隧道は河口湖治水組合の所有、管理にかかる営造物であり、被告国がこれを一級河川に指定し、又は自ら管理し、その機能の回復、維持に配慮する必要はなかったものである。

ウ 同3(三)(1)<4>ウ(県庁隧道の排水能力と被害の低減)の事実のうち、被告国らが県庁隧道の機能の応急的回復の措置をとっていれば、万一水害が発生しても浸水期間を短縮させることができることは認め、その余の事実は否認する。

<5> 水位調整義務の存否の判断基準

被告国らが、河川管理者として、被告東電に河口湖の水位を低下させるなどの水位調整をすべき作為義務があったか否かは、過去に発生した水害の規模、発生の頻度、被害の性質、降雨状況、他の利水者への影響、河口湖とダムとの相違、湖沼管理の特質、治水手段の存否ないし選択等の諸般の事情を総合的に考慮して判断されるべきものであると考えられる。ところで、以上の<1>ないし<4>の各事情を総合的に考慮すれば、被告国らが出水期前に被告東電に命じて河口湖の水位を下げさせる等の国家賠償法上の法的作為義務が存していたとはいえないことは明らかである。したがって、原告らの主張(請求原因3(三)(1)<5>)は理由がない。

(2) 請求原因3(三)(2)(水害防止が可能な水位調整の具体的内容)について

<1> 請求原因3(三)(2)<1>の事実は認める。

<2> 同3(三)(2)<2>の事実は否認する。河口湖の水位が昭和二年から昭和五七年まで過去五六年間において平水位以上に上昇したのは、右期間の約一割強に過ぎずそれ以外の期間は全て平水位を下回る渇水状態なのであり、右五六年間の一一月一日から翌年の五月三一日までのいわゆる非出水期間における水位の低下の最大値は、三メートル以上であり、そのほかにも二メートル以上が四例記録されており、出水期前に予め水位を平水位以下三メートルに低下させておくと、その後平水位以下五ないし六メートルにまで水位が低下し、既存の最低水位記録である平水位マイナス四・三二メートルを上回る史上最低の水位となり、各利水者に計り知れない甚大な被害を及ぼすおそれがある。すなわち、

ア まず、河口湖周辺の一市一町二村(富士吉田市、河口湖町、勝山村、足和田村)では、それぞれ土地改良によって農業を行い、灌漑用ポンプで河口湖の水を揚水等しており、その受益面積は二八一・四ヘクタールにのぼり、灌漑用ポンプの取水のための限界水深が平水位以下二・七メートルであるから、仮に原告らが主張するように洪水防止のために水位を人為的に平水位以下三メートルに操作するならば、それだけでも灌漑用水を取水することが困難となり、更に渇水による右のような水位低下を招けば河口湖周辺の農業に重大かつ深刻な影響を与えることになる。

イ 周辺住民が組織する河口湖漁業協同組合は、鯉の養殖、わかさぎ釣り等の漁業を営んでおり、湖水の水位が異常に低下すれば、酸素不足あるいは周辺民家等からの雑排水の流入による湖水の汚濁がひどくなり魚の成長に重大な影響を与える。

ウ 河口湖周辺村落には、多数の飲用水、雑用水のための井戸が存在し河口湖の水位と密接な関係があるから、渇水が起これば井戸水が枯渇するおそれがある。

エ 観光面では、遊覧船やモーターボート等が航行しており、湖水の水位を著しく低下させたために湖が渇水状態になると、湖底の一部が露出しあるいは湖面に接近して、右遊覧船等の座礁の危険を招来し、遊覧船等の航路変更を余儀なくされるなどの影響が生じる。

オ 被告東電においては、水利使用権に基づき河口湖から取水し発電事業を行っているが、治水の観点からのみ河口湖の水位を平水位以下三メートルに低下させると、現行の水利使用規則の取水制限規定(同規則四条二項三号)による限り、僅か〇・〇三メートル水位が低下すると取水ができなくなり、同社の発電事業に重大な影響を与えることになる。

カ 現に、昭和五九年以降における河口湖の最低水位は、昭和六三年三月一七日から四日間続いた平水位以下四・一五メートルと記録されており、平水位以下三メートルを下回ったのは四九九日を数え、そのうち平水位以下四メートルを下回ったのは連続で六五日間記録され、その結果、各方面に減水による支障や被害が生じた。すなわち、昭和六二年には農業用水の取水難のため、共同ポンプの増設やポンプの二段上げを行うなどの経費の増加を余儀なくされ、観光面においても遊覧船のコース変更をせざるを得ない状況となった。また昭和六三年には勝山村他の農家が稲作を断念し、遊覧船もコース変更に止まらず運休の検討も行うほどの状態に陥るなどの被害が生じた。以上の事実によると、原告らが主張するように河口湖の水位を平水位以下三メートルに低下させておいたと仮定すると、慢性的な渇水状態が生じたであろうことは明らかであり、農業や観光面に甚大な被害を生じたものと推測される。

<3> 請求原因3(三)(2)<3>の事実は否認する。

<4> 同3(三)(2)<4>の事実は争う

被告国らは、昭和五八年の出水期前の湖水位につき、前記<2>のアないしカの事実、五七年水害時の増水状況、河口湖町の要請などを勘案して水位を検討したところ、水位を出水期前に平水位以下一メートルに下げておき、かつ、台風等により雨が降って水位が上昇する傾向になった時点以降にうそぶき水路による毎秒七・七九立方メートルの放流を行えば、五七年水害と同規模の降雨があっても平水位以上〇・五四メートル、湖辺の建物の床下浸水程度の増水で収まると判断したものである。すなわち、

アa まず、別紙図2「放流条件による湖水位変化」中<1>は、五七年水害時における河口湖水位の実績であり、同年八月一日、平水位以下二・七メートルであった湖水位は、台風一〇号による豪雨により、異常に上昇したため、同月一一日からは毎秒二立方メートル、翌一二日からは毎秒四立方メートルと段階的に放流を行ったにもかかわらず、同月一九日には平水位以上〇・〇七メートルとなったため、同日一八時から毎秒六立方メートルを放流した。この結果、水位は下がり始め、同年九月七日には平水位以下〇・六三メートルになったため放流量を毎秒二立方メートルに減量した。ところが、水位が同月一〇日に平水位以下〇・六六メートルまで下がった時に、台風一八号による豪雨があり、水位が再び上昇を始めたため、一二日からは毎秒五立方メートル、翌一三日からは毎秒六立方メートル、一五日からは毎秒七立方メートルの放流を行ったが、水位上昇は更に続き、一七日には平水位以上一・〇三メートルと最高水位に達したことから、右時点で毎秒七・七九立方メートルの放流を行うにいたった。

b 以上に対し、予め平水位以下一メートルの水位を保持した場合の水位変動を表したものが同図2<3>である。これによると、同月一一日頃まで水位を平水位以下一メートルに保持しておけば台風一八号の影響によっても、水位上昇は、平水位以上〇・五四メートルで収まるということになり、右水位では、大池地区に隣接する町道(標高八三三・六五四メートル)が冠水するか、隣接ホテルの出入口下の階段に接する程度であり、大池地区においては平水位以上八二・三センチメートルになった場合にはじめて床上浸水の被害が生じるという被告山梨県の調査結果があったため、床下浸水程度で増水を回避できると判断したものである。

イ 更に、昭和二六年から昭和五八年までの河口湖の水位日数統計表によれば、約三二年間のうち平水位以下の日数は九六・三四パーセントを占め、そのうち平水位以下一メートルないし一・五メートルの水位が一九・四パーセント、平水位以下一・五メートルないし二メートルが一四・七四パーセント、平水位以下二メートルないし二・五メートルが一九・三二パーセント、平水位以下二・五メートル以上が二二・一パーセントを占めている。そして、河口湖の水位を平均すると三二年間で、ほぼ平水位以下一・六メートル程度である。したがって、河口湖の水位はほとんどの場合平水位以下であるから、たとえ集中豪雨等により水位上昇があったとしてもほとんど水害は発生していないのである。また、昭和五八年の水害以降における河口湖の水位は、昭和五九年一月から平成二年一二月までの間について、被告東電の河口湖取水口に敷設されている水位計により測定された記録でみると、最高水位は昭和六〇年七月四日の平水位以下〇・二メートルであり、平水位以下一メートルを超えたのは一九〇日あるが、従来の河口湖の維持水位である平水位を超える増水に至っては一度も生じていない。

ウ また、河口湖町からの水位設定についての要望も平水位以下一メートルであった。

エ 以上のアないしウの事実によれば、被告国らが被告東電に対し昭和五八年の出水期前の水位が平水位以下一メートルとなることを期待して出した本件指示は、通常予測され得る降雨はもとより戦後最大の五七年水害の際の降雨にも対応して浸水被害を防ぐと同時に利水関係者の利益の擁護を可能とする合理的かつ妥当なものであったといえるのである。

(3) 請求原因3(三)(3)(水位調整義務の懈怠)について

<1> 請求原因3(三)(3)<1>の事実は否認する。被告国は、雨量計(富士吉田支所)、水位計(船津、勝山、西湖)を設置してある。また、調査については他の河川と合わせて一定の調査は行っている。

<2> 同3(三)(3)<2>の事実は認める。ただし、被告国らは被告東電に対し、昭和五八年八月一日に平水位以下一メートルまで取水することができる旨の指示をした結果、本件水害以前の水位は平水位以下一・〇八メートルまで低下していた。

<3> 同3(三)(3)<3>の事実は認める。但し、被告国らは、河口湖の水位が同月二三日から同月二五日にかけて最高水位の平水位以上二・八三メートルまで上昇するに至ったため、県庁隧道からの放流が可能かどうかについても検討を行ったところ、同隧道の第一トンネルの出口で土砂崩壊が発生し、土砂により水路が埋めつくされていたこと、同隧道の下流部において、多量の水を長時間にわたって放流することが構造的に不可能であることなど同隧道をすぐに利用できる状態ではないことが明らかになったので、水路については土砂を取り除き、下流部の使用に耐えない部分については仮設水路を設けうそぶき水路に合流させることにより対応することとし、仮設水路の建設を同月三一日に着工し、突貫工事によって同年九月一七日にこれを完成させ、同日以降同隧道からの毎秒一・二一立方メートルの最大排水を可能としたものである。なお、同隧道の仮設水路建設の着工が八月三一日と遅れたのは、土砂崩壊により既設水路及び仮設水路を設置する予定の沢に土砂が流出しその除去に時間を要し、また、仮設とはいってもある程度の安全性は備える必要があることから地質調査、設計、資材の確保等にかなりの時間を要したためである。

<4> 同3(三)(3)<4>の事実は否認する。まず、同年八月一四日午前〇時の段階の気象情報はなかった。次に、同日午前三時の段階では、台風五号は北緯二五度九分、東経一三二度九分の地点に、台風六号は北緯三〇度、東経一四五度一分の地点にあり、河口湖周辺では同日午後五時頃から台風六号の影響で雨が降りはじめたが日雨量は一一・五ミリメートルに過ぎず、河口湖地方では同日中に大雨洪水注意報が出されることはなかった。したがって、被告国らが八月一四日午前〇時の時点ではもとより、同日中に同月一五日ないし一七日の記録的豪雨を予測できるはずはなかった。

<5>ア 請求原因3(三)(3)<5>の事実のうち、昭和五八年八月一四日午前〇時ないし同年九月一七日の間に最大排水をできなかったことは認めるが、その余の事実は否認する。被告国らは、同日以降、県庁隧道により最大排水(毎秒一・二一立方メートル)をしたものである。

イ 請求原因3(三)(3)<5>イの事実のうち、被告国らが被告東電をして昭和五八年八月一四日午前〇時ないし同月一九日正午の間及び同日午後六時三〇分ないし同月二〇日午後三時二〇分の間、うそぶき水路からの最大排水をしなかったことは認め、その余の事実は否認する。被告国は被告東電に対し、同月一六日午後一時三〇分に西湖からの取水を停止し、同日午後四時四五分から同水路を使い毎秒四立方メートル、同日午後九時四〇分から毎秒六立方メートル、同月一九日正午から毎秒七・七九立方メートルの各排水を要請し、同日午後六時頃発生した土砂崩壊による土砂が同水路の断面を狭めたため同三〇分から一時的に排水量を毎秒五立方メートルに減らしたが、同月二〇日午後三時二〇分以降は毎秒七・七九立方メートルの排水を要請し、被告東電は右の一連の要請に応じて同水路からの排水をした。なお、同水路について、最初から最大排水を要請しなかったのは、宮川と入山川合流地点付近等に護岸決壊や浸水地域が多数生じ、富士吉田市長、西桂町長からも河口湖からの放流をしないよう要請されたためである。

4  請求原因5(因果関係)の(一)の事実は否認する。本件水害の原因は、本件水害時における予測不能な記録的集中豪雨にあり、不可抗力である。

5  請求原因6(損害)の事実は知らない。なお、原告らの損害額の算定方法は以下の点で不当である。

(一) 建物の損害について

本来鑑定によるべき建物の時価の算定を個々の建物の状態を拾象して鑑定に代わり得る客観的な評価方法とはいえない手引の評価基準に拠っており、また、個々の建物の具体的被害状況を明らかにして主張すべき建物の損害率についてもあくまで参考程度に使用されるべき資料の基本損害率に依拠しているうえ、期間中の浸水程度の変化を明示することなく原告らの主張する浸水期間により損害率を修正し、更に、根拠を明示せずに鉄筋コンクリート造りの建物の場合の損害率を木造の建物の場合の三分の二として算定しており、不当である。

(二) 家財、庭木の損害額について

個々の現物に即してそれぞれ評価する以外に適正な方法はあり得ず、主張の根拠が不明である。

(三) 慰謝料の算定について

原告らは、建物浸水の程度に応じて慰謝料を主張しているが、これは当事者毎に具体的事情に応じて算定するという原則から逸脱しているだけでなく、本件は生命、身体等に被害を及ぼした事案でなく、浸水被害にとどまった事案であるから、財産的損害の賠償に付加して精神的損害に対する慰謝料の請求をいれる余地はないものというべきである。

三  請求原因に対する被告東電の認否ないし反論

1(一)  請求原因1(当事者)の(一)(原告ら)の事実は知らない。

(二)  同1(二)(被告ら)の(3)の事実は認める。

2(一)  同2(一)(河口湖の概況)の事実は認める。

(二)(1)  同2(二)(河口湖地方への豪雨と被害状況)の(1)(本件豪雨の状況)及び(2)(水位の変動状況)の各事実はいずれも認める。

(2) 同2(二)(3)(被害状況)の事実は知らない。

(三)  同2(三)(本件水害の発生原因)の事実は認める。

3(一)(1)<1>ア 請求原因4(一)(水位調整義務の根拠)の(1)(河口湖における集中的な多量降雨による水害発生の危険性と認識可能性)の<1>アの各事実はいずれも認める。

イ 同4(一)(1)<1>イの事実のうち、桂川電力が、河口湖治水組合との間で湖面が平水位以上に上昇して有租地に水害が生じないようにうそぶき水路から排水する旨の合意をしたことは否認し、その余の事実は明らかに争わない。河口湖治水組合と桂川電力との間の協定は、桂川電力が山梨県知事の利水に関する命令書(水利使用規則)の範囲内で有租地に水害が発生しないように排水をすべきことを定めたものである。したがって、被告東電がうそぶき水路による最大排水の義務を負うのは水位が平水位を越える場合であり、平水位ないし平水位以下三・〇三メートルまでは西湖から河口湖へ流入した水量の範囲内でしか取水が許可されていないのでその限度で排水義務を負担するに止まる。

<2> 同4(一)(1)<2>の各事実は認める。

<3> 同4(一)(1)の<3>及び<4>の各事実はいずれも明らかに争わない。

<4> 同4(一)(1)<5>の事実のうち、うそぶき水路の最大排水能力が毎秒七・七九立方メートルであることは認め、その余の事実は明らかに争わない。

<5>ア 同4(一)(1)<6>アの各事実はいずれも明らかに争わない。

イ 同4(一)(1)<6>イの事実のうち、原告らが河口湖湖畔に建物を所有し、又はこれを借りて居住しないしは事業を営んでいることは知らず、その余の事実は明らかに争わない。

ウ 同4(一)(1)<6>ウの事実のうち、台風一〇号及び同一八号の影響による降雨量がそれぞれ五〇二・五ミリメートル及び四一二・五ミリメートルであったことは認め、その余の事実は明らかに争わない。

<6> 同4(一)(1)<7>の事実のうち、河口湖が六月ないし一〇月の間、既存水位が平水位付近にあれば、人工的な排水の努力がなされない限り、五七年水害時の豪雨に代表されるような集中的な多量降雨により水位の急上昇ひいては平水位を超える異常増水を招くおそれがあることは認め、平水位近くの標高にある河口湖湖畔の多数の建物がたやすく浸水被害を受け原告ら住民が莫大な損害を受けるおそれがあることは知らず、被告東電らが五七年水害以前ないし本件水害以前に右の各事実を認識し又は認識し得たことについては否認する。

(2) 同4(一)(2)(うそぶき水路による水害防止の可能性)の事実のうち、被告東電が本件水害当時河口湖で唯一の排水機能を有する人工的工作物であるうそぶき水路を所有しこれを管理していたことは認め、その余の事実は明らかに争わない。

(3) 請求原因4(一)(3)(河口湖治水組合との協定上の義務)

<1> 同4(一)(3)の<1>の事実は否認する。被告東電は、河口湖治水組合に対し、水利使用規則の下で可能な限りの排水義務を負うに止まり、一般的に増水回避ないし水害防止義務を負担していたものではない。

<2> 同4(一)(3)の<2>及び<3>の主張は争う。

(4) 請求原因4(一)(4)(被告東電の水利権行使による莫大な利得の存在)の事実は否認する。

(5) 被告東電は、水利使用者に過ぎず、治水についての法律上の権限を与えられ、自由に水位を設定できるというものではなく、逆に水利使用規則の定める取水制限規定に反しない範囲内でしか河口湖からの取水ができなかったのであるから、請求原因4(一)(5)のような条理上の水位調整義務を負う余地はなく、したがって同代表取締役及び同担当職員も同4(一)(5)の各義務を負う余地はない。

(二)(1)  請求原因4(二)(1)(水害回避に必要な水位の調整方法)の事実は明らかに争わない。

(2) 同4(二)(2)(利用者の損害の程度)の事実は否認する。昭和四二年から昭和五六年までの一五年間に河口湖の水位が平水位を越えたのは昭和四七年九月に八日間(最高水位〇・〇九メートル)と昭和四九年九月に一三日間(最高水位〇・三二メートル)の合計二一日間の微増水に過ぎず、その余の期間は平水位以下であり、昭和四六年の平水位以下三・七五メートルを初めとし、しばしば平水位以下二メートルないし三メートル余に達する渇水状態であった。それにもかかわらず、出水期前に水位を平水位以下三メートルまで低下させれば、灌漑用水の取水不能、漁業、船の運航上の支障等河口湖地域への悪影響が生じるのは必至である。

(3) 請求原因4(二)(3)(集中的な多量降雨の予測可能時期)の事実は否認する。

(4) 被告東電は、本件水害当時、水利使用規則四条三項に基づく昭和五八年八月一日付指示書により平水位以下一メートルまでの積極的な取水が可能であったが、水位が平水位以下一メートルを下回った場合には、西湖から河口湖に引き入れた水量以内の消極的取水しかできず、水位を更に低下させる取水は禁止されていたところ、右当時の水位は平水位以下一・〇八メートルであった。

(5) 以上(2)ないし(4)の各事実によれば、被告東電らは、請求原因4(二)(4)の義務を負う余地はなかったものである。

(三)  請求原因4(三)の事実のうち、被告東電らが本件水害以前に河口湖が保有する水害発生の高度の危険性を解消するのに必要な研究をしなかったこと、被告東電が予め水位を平水位以下三メートルに低下させなかったこと、同代表取締役が被告国(建設大臣)に水害防止のために適切な水位調整の措置をとるよう働きかけず自ら右の措置をとることもしなかったこと、被告東電担当職員が同代表取締役に対し水害発生防止のために必要な措置をとることを求める報告をしなかったこと、被告東電らが昭和五八年八月一四日午前〇時ないし同月一九日正午の間及び同日午後六時三〇分ないし同月二〇日午後三時二〇分の間、最大排水をしなかったことは認め、その余の事実は否認する。被告東電は、被告国の要請に応じて、同月一六日午後一時三〇分に西湖からの取水を停止し、同日午後四時四五分からうそぶき水路を使い毎秒四立方メートル、同日午後九時四〇分から毎秒六立方メートル、同月一九日正午から毎秒七・七九立方メートルの各排水をし、同日午後六時三〇分から一時的に排水量を毎秒五立方メートルに減らしたが、同月二〇日午後三時二〇分以降は毎秒七・七九立方メートルの最大排水をした。

4  請求原因5(因果関係)の(二)の事実は否認する。

5  請求原因6(損害)の事実は否認する。

第三証拠<略>

理由

第一当事者

一  原告らについて

<証拠略>を総合すれば、請求原因1(一)の事実のうち、原告ら(原告梶原信行、同小林久旺、同渡辺真一及び同佐野俊枝を除く)が河口湖周辺において別紙浸水被害建物目録記載の各建物を所有し(但し、原告渡辺利文は同目録二記載の建物の持分五分の三の共有権を、同有限会社大池ホテルは同建物の持分五分の二の共有権を、同塚越幸子は同目録五記載の建物の持分二分の一の共有権を有する者である。)、同梶原信行が同船津観光株式会社から同原告が建築所有する同目録九記載の建物を無償で借り受け、同渡辺真一が同株式会社宮之森から同原告が建築所有する同目録二七記載の建物を賃借し、右原告らがそれぞれ居住し又は旅館、ホテル、寮、店舗、娯楽場等を経営している者らであることが認められ、原告小林久旺が同目録一五記載の建物を所有しこれに居住して店舗を経営し、同佐野俊枝が同目録二六記載の建物を所有しこれに居住して旅館を経営していたことを推認できる。

二  被告らについて

請求原因1(二)の(1)ないし(3)の事実、すなわち、被告国が河口湖(一級河川)を管理し、河川法九条二項に基づき山梨県知事に対し右事務の一部を国の機関として行うべきことを委任していること、被告山梨県が同法六〇条二項に基づき同県知事に対する国の機関委任事務である河口湖管理の費用の一部を負担していること、被告東電が昭和五一年九月一〇日に建設大臣の許可を得て同日以降河口湖の湖水を同被告が所有し管理するうそぶき水路から取水して水力発電に利用していることは、いずれも当事者間に争いがない。

第二本件水害の発生とその原因

一  河口湖の概況

1  請求原因2(一)の事実のうち、河口湖が富士山の数度にわたる噴火により生成された湖面積が五・七八六平方キロメートル、最大水深が一五・二メートルで自然流出河川の全く無い閉鎖性湖沼であり、人工的な排水機能を有する施設としてはうそぶき水路しかないこと、半面、その集水域面積が広大であり(流入する降雨の地域が富士山と御坂山塊であること)、二一の流入河川があることは当事者間に争いがなく、その集水域面積が一三二・九二平方キロメートルであることは原告らと被告東電との間に争いがない。

2  <証拠略>によれば、河口湖の流域面積が一二六・四平方キロメートルと称せられていることが認められるが、右認定事実によっては同2(一)の事実のうち、河口湖の集水域面積が一三二・九二平方キロメートルであることを認めるに足りない。かえって、<証拠略>によれば、富士山には透水性地層があるために降雨時に多量の地下水が生じ、これが複雑な経路をたどって富士五湖地域の各地で湧水となって地表に流出するので、一見して河口湖に流入すると考えられる地域での降水量のすべてが必ずしも同時に河口湖に入流しない可能性があることが認められる。

二  河口湖地方への豪雨による湖水位の上昇

1  本件豪雨の状況

河口湖周辺地域が昭和五八年八月一四日に日本列島に接近した台風六号及び翌一五日に接近した台風五号の影響で本件豪雨に襲われたことは当事者間に争いがない。

2  水位の変動状況

河口湖の水位が同月一四日午前九時には平水位(標高八三三・五二五メートル)以下一・〇八メートルであったところ、本件豪雨に伴い河口湖へ流入した水量の影響で、本件排水がなされたにもかかわらず本件増水が生じたことは当事者間に争いがない。

三  被害状況について

前記第一の一の認定事実、第二の一の争いのない事実、<証拠略>によれば、原告らが本件増水のために、それぞれの所有建物等について別紙浸水被害建物目録記載のとおりの床上又は床下浸水の被害を受けたことが認められる。

四  本件水害の発生原因

本件水害が、本件豪雨に伴い河口湖に流入した降水量ないしその流入速度がうそぶき水路からの右排水量ないし速度を遙かに上回り、湖水位を従前の水位(平水位以下一・〇八メートル)から平水位を遙かに越える水位(最高水位二・八三メートル)まで急激に上昇させるに足りるものであり、かつ、うそぶき水路によって短期間に排水し、水位を平水位以下に回復することのできない程度のものであったために発生したことは当事者間に争いがない。

第三被告国、同山梨県の責任の有無

一  被告国、同山梨県の責任の有無の判断の前提となる事実

1  河口湖における水害と治水の歴史的経緯について

(一)(1) 請求原因3(一)(1)<1>(明治時代以前の水害の歴史)の事実のうち、河口湖の水害が室町時代から繰り返して発生し、その対策が江戸時代から明治時代にかけて進められてきたが、当時の通水事業は必ずしも十分ではなく、明治時代になっても水害の歴史が続き、明治四〇年にも水害が発生したことは当事者間に争いがない。

(2) 被告国らは、同3(一)(1)<1>の事実のうち、明治四〇年の水害では、八月二三日から二五日までの三日間で、湖面が七・二四メートルも上昇し、史上最大の惨事が発生したことを明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。

(二)(1)<1> 同3(一)(1)<2>(被告山梨県による県庁隧道の設置と機能の停止)のアの事実のうち、湖辺各村が明治四〇年一二月二一日に河口湖の通水事業等を目的として河口湖治水組合を設立したこと、県庁隧道が大正二年一一月二五日完成したことは当事者間に争いがなく、また、<証拠略>によれば、県庁隧道の建設及びその所有の主体が河口湖治水組合であり、被告山梨県がその建設費の九割以上を補助したに止まること、その後の管理は同組合が独自の予算を組んで実施していたことが認められ、右認定に反する証拠はないが、右以上に、被告山梨県が治水のための方策として県庁隧道を完成させ、河口湖治水組合に補助金を支出し、これを管理させていたことを認めるに足りる証拠はない。

<2> 同3(一)(1)<2>アの事実のうち、県庁隧道の最大排水能力が毎秒一・二一立方メートル(一日あたりの水位低下能力としては〇・〇一八メートル)以下であることは当事者間に争いがなく、それが毎秒四立方メートル(一日あたりの水位低下能力としては〇・〇六メートル)を有することを認めるに足りる証拠はない。

<3> 請求原因3(一)(1)<2>イの事実、すなわち、県庁隧道が、河口湖治水組合による管理不十分のため昭和一〇年ごろにはその内部が一部崩壊し、昭和二五年ごろにはその機能が停止し、本件水害当時も排水機能を有していなかったことは当事者間に争いがない。

(2)<1>ア 同3(一)(1)<3>(うそぶき水路の設置と治水に関する協定)のアの事実のうち、桂川電力が大正三年七年二三日被告山梨県から同県知事の命令書に定められた条項の順守を条件に河口湖から宮川へのうそぶき水路新設の許可を得たのであるが、河口湖治水組合が、大正六年六月二一日、右桂川電力との間で、桂川電力が発電のために西湖の湖水を河口湖に流入させると同時にうそぶき水路を建設して河口湖の湖水を取水する代償として、当初の平水位を一・九七メートル低下させて現在の平水位とする協定を締結し、協定書を作成したこと、桂川電力が、大正六年、同水路を完成させ、翌大正七年から取水を開始したこと、被告国(建設大臣)が水利使用許可年限の到来時である昭和二〇年の更新許可の際に右協定のとおりに平水位を変更したこと、被告東電が昭和二六年五月一日に右湖水利用権、前記協定書上の義務及び当時河口湖で唯一排水機能を有していた同水路の所有権を承け継いで同水路の管理主体となり昭和五一年九月一〇日に建設大臣の水利使用の更新許可を得て右以降水利使用規則に基づき同水路から河口湖の湖水を水力発電のために取水していたことは、いずれも当事者間に争いがない。

イ 桂川電力が山梨県知事から許可されたうそぶき水路による最大取水の可能な水位は平水位以上であり、平水位未満ないし同以下三・〇三メートル以上までは西湖から河口湖へ引き入れた水量しか取水できないこと及び被告国らの特別な指示があれば右以外の取水ができること(但し、右いずれの場合でもうそぶき水路からの流出先である宮川にある宮川橋左岸橋台地点の水位が標高七五〇・四九五メートルに達したとき及び河川管理者が必要があると認めて停止を命じた場合には取水を停止しなければならない。)は当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、桂川電力が山梨県知事の命令書(現在の水利使用規則)の範囲内でのみ有租地に水害が生じないように同水路から排水することを内容とする合意をしたことは認められる。しかし、同3(一)(1)<3>アの事実のうち、右以上に、桂川電力が河口湖治水組合との間で湖面が右平水位以上に上昇して有租地に水害が生じないよう同水路から排水することを内容とする合意をしたことまでを認めるに足りる証拠はない。

<2>ア 同3(一)(1)<3>イの事実のうち、河口湖における水害がうそぶき水路通水後の大正一四年及び昭和一三年にも発生したことは当事者間に争いがない。

イ <証拠略>によれば、同3(一)(1)<3>イの事実のうち、河口湖における水害が昭和一〇年にも発生したことが認められる。

ウ 同3(一)(1)<3>イの事実のうち、うそぶき水路が本件水害当時に歴史上事実上の治水施設としての機能を有していたか否かについて判断するに、うそぶき水路が河口湖における唯一の排水機能を有する人工的工作物であることは当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、被告国らが被告東電に対し昭和五六年一二月にうそぶき水路の下流の護岸工事等の際に取水量(放流量)を低下させるように協力を求めたこと、昭和五七年八月には二五日間、同年九月には一二日間、昭和五八年五月には二九日間にわたって水位が平水位以下であるにもかかわらず取水するように協力を求めたこと、被告東電がこれらの協力をすべて受け入れたことが認められ、他方、<証拠略>によれば、うそぶき水路の法的性格が利水専用施設であることが認められ、以上の各事実を総合すると、うそぶき水路が通水開始以降に継続的ないし繰り返し治水目的に使用されたことを認めるに足りず、これが歴史上、事実上の治水施設として機能していたとまでは認め難いが、被告国らが少なくとも昭和五六年一二月以降はうそぶき水路を治水上の手段として事実上機能させ得る可能性があったことが認められる。

2  河口湖の地勢について

前記第二の一1の争いのない事実及び同2の認定事実によれば、請求原因3(一)(2)の事実、すなわち、河口湖がその集水域で集中的な多量降雨があると、膨大な降水量が河口湖に流入して人工的な排水の努力がなされない限り急激な湖面の上昇による湖辺水害を招く危険の大きい地勢であることが認められるかのようであるが、他方、前記1(二)(3)<1>のとおりうそぶき水路が大正六年に完成し同七年に取水を始めたことは当事者間に争いがなく、<証拠略>を総合すれば、河口湖の南岸には、河口湖レイクサイドホテル横にある通称「しゃく流し」等多数の湖水の自然流出場所があり、これらから相当量の湖水が流出して宮川方面に流入していると推定されるなどの自然的条件、新倉灌漑用水の取水並びに当初の平水位が昭和二〇年に一・九七メートル低下され桂川電力ないし被告東電が無制約的に取水できる水位が現在の平水位になったことから、昭和一三年から昭和五七年までの四四年間には全く水害が発生していなかったこと、昭和二六年一二月から昭和五八年七月までの統計によると、右期間中の平均水位が平水位以下約一・六メートルであって、水位が平水位を超えた日数が四一九日(全体の約三・六六パーセント、一年当たり約一三日)であるうえ、そのほとんどが微増水であり、かつ、床下浸水の被害に止まっていたこと、以上の事実が認められることに照らせば、河口湖が、五七年水害又は本件水害の際と同程度の多量の降雨がある場合を除き、人工的な排水の努力のない限り水害を招く危険の大きい地勢であるものとは認め難い。

3  河口湖の集水域における多量降雨期について

(一) 請求原因3(一)(3)<1>(六月ないし一〇月が多量降雨期であること)の事実は、当事者間に争いがない。

(二) 同3(一)(3)<2>(六月ないし一〇月の集中的な多量降雨の頻度)の事実のうち、河口湖における昭和九年から同五八年までの五〇年間の降雨のうち、一日から五日前後の期間に一〇〇ミリメートル以上の降雨があった回数は一二〇回であり、右の程度の降雨が圧倒的に六月から一〇月に集中し(一一五回、全体の約九六パーセント)、特に、八月と九月とで全体の約五二パーセント(六二回)を占めていることは当事者間に争いがない。

(三) 以上によれば、河口湖では、六月ないし一〇月が例年降雨が多く、特に八月と九月には、一日から五日前後の期間に一〇〇ミリメートル以上の降雨のあることが他の期間に比較すれば多いことが認められる。

4  降水量と水位上昇との間の法則性について

(一) 請求原因3(一)(4)の事実のうち、山梨学院大学教授濱野一彦が請求原因3(一)(6)<3>アの水害(五七年水害)に際して河口湖の集水域の降雨量と河口湖の水位上昇との関係を解析し(濱野理論)、その後これを報道機関に発表し、かつ、被告山梨県土地水対策課に報告したこと、河口湖側候所日雨量年表及び同水位年表が公刊物であることは当事者間に争いがない。

(二) 次に、同3(一)(4)の事実のうち、河口湖の水位がその周辺で一日当たり一〇〇ミリメートル以上の雨が連日あると降雨量の約四倍の割合で上昇するか否か(以下「降水量と水位上昇との間の法則性」という。)について判断する。

(1) まず、<証拠略>によれば、原告主張の根拠となっている濱野理論が五七年水害及び本件水害における河口湖測候所日雨量年表記載の降雨量及び河口湖水位年表記載の水位との関係にほぼあてはまることが認められ、右の事実から原告ら主張の降水量と水位上昇との間の法則性を推認できるかのようである。

(2) しかし、他方、<証拠略>によれば、濱野理論が河口湖の湖面積及び降水面積(集水域面積)を基礎とするのではなく、富士五湖の湖面積合計及び富士山麓全域の降水面積を基礎として数式を組み立てていること、その要素である即時流出流入率も富士山麓全域の年降水量の推算値二二一一ミリメートル、この内の富士五湖地域への即時流出流入分の推算値四〇〇ミリメートル及び富士山麓全域から降雨後一年間に流出して来る短期流出分の推定値一〇〇ミリメートルを前提として後二者の和を前者で除した数値であり必ずしも正確に河口湖へ流入する即時的な降水量の流入率をいうものではないこと、濱野理論が船津測候所以外の河口湖周辺地域による降雨量の地域差、降雨のパターン(集中的か分散的かなど)及び水害の原因となり得る集中的な多量降雨が降り始める以前に河口湖の集水域で降った降水量のうち地下に浸透した後一定期間が経ってから河口湖に流入して来る水量を全く考慮に入れていないこと、過去の統計数値と照らし合わせると濱野理論が一日当たり一〇〇ミリメートル以上の雨が単発的にあった場合にあてはまらず、また、その点についての合理的な説明のないこと、証人濱野一彦は限られた資料を基に全体としては概算と推定に依存して約一〇日の短期間で濱野理論を考え出したものであることを自認していること、過去の統計数値に照らすと降水量と水位上昇との関係が必ずしも原告ら主張の法則と合致しないこと、以上の事実が認められ、右の認定を覆すに足りる証拠はない。

(3) したがって、右(2)の事実に照らせば、濱野理論は、計算方法について十分な検証がなされておらず、法則性を実証する資料の裏付けがないものといえ、今後の経験に基づく検証により同法則の実効性が一般に承認された場合は別として、少なくとも五七年水害に際して右理論が発表されてから昭和五八年八月までの間においては、前記(1)の事実から原告ら主張の降水量と水位上昇との間の関係が普遍性を有する法則であると認めることはできず、したがって濱野理論に依拠する原告らの主張は直ちに採用することができない。

5  うそぶき水路の急激な増水への対応力

(一) 請求原因3(一)(5)<1>の事実のうち、うそぶき水路の本件水害当時の最大排水量が毎秒七・七九立方メートルであることは当事者間に争いがなく、被告国らは一日あたりの水位低下能力が約〇・一一六メートルであることは明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。

(二) 同3(一)(5)の<2>(過去の急激な水位上昇の記録)及び<3>(急激な増水への対応力がないこと)の各事実は当事者間に争いがない。

6  河口湖湖畔の利用状況の変化と五七年水害の発生

(一)(1) 請求原因3(一)(6)<1>(湖面の埋立て)のアの事実、すなわち、河口湖の容積が被告山梨県及び船津財産区による昭和三二年ないし昭和五六年にかけての河口湖の埋立工事(埋立体積六一万五九七九立方メートル、被告山梨県による小立地内八木崎公園、浅川地内船津、船津地内船津中央駐車場、大石地内大石公園、同地内干拓、船津土地改良区による同干拓工事及び船津財産区による大池地内宅地造成の各工事)のために減少し、これに伴う水位の上昇は計算上一〇・二センチメートルに及ぶことは当事者間に争いがない。

(2)<1> 同3(一)(6)<1>イの事実のうち、被告国らが昭和三二年ないし昭和五六年の間の被告山梨県又は船津財産区による河口湖の埋立工事を規制しなかったこと、大池地区を災害危険区域に指定しなかったことは当事者間に争いがない。

被告国らは、同3(一)(6)<1>イの事実のうち、被告山梨県による小立地内八木崎公園、浅川地内船津、船津地内船津中央駐車場、大石地内大石公園、同地内干拓及び船津土地改良区による同地内干拓の各工事(埋立体積五二万六四六二立方メートル、計算上約八・七センチメートルの水位上昇に匹敵する。)を規制し得たことを明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。

<2> 同3(一)(6)<1>イの事実のうち、被告国らが船津財産区による大池地内宅地造成工事を規制し得たことを認めるに足りる証拠はない。

かえって、<証拠略>によれば、大池地区は、昭和一三年に公用廃止となり大蔵省から旧船津村に払い下げられ、河口湖が昭和一八年旧河川法五条の規定による準用河川として認定され河川として被告山梨県による管理が始まった時点では、準用河川河口湖に含まれていなかったこと、かつ、「公共の用に供する水流又は水面にして国の所有に属するもの」(公有水面埋立法一条一項)でないことから公有水面埋立法の対象でもなかったこと、したがって、昭和三九年の船津財産区による大池地区の宅地造成が被告山梨県知事の旧河川法あるいは公有水面埋立法による許可等を要しなかったこと、以上の事実が認められ、被告国らが右埋立てを規制し得たという原告らの主張は理由がない。

<3> 同3(一)(6)<1>イの事実のうち、被告国らが大池地区を災害危険区域に指定すべきであったことについて判断するに、<証拠略>によれば、同地区が平水位とあまり標高差がない地域であることが認められるが、他方、<証拠略>によれば、河口湖では水害が発生しても人命が失われ又は人家が流出する水害がなかったこと、昭和五八年三月末現在の全国の災害危険区域の指定が全国で六六一一箇所、一万八五一七・四ヘクタールであり、その内、津波、高潮、出水による災害危険区域の指定箇所は全体の〇・二五パーセントであって急傾斜地崩壊危険地域等に対する指定の九八・三二パーセントと比較して極めて少ないこと、以上の事実が認められ、右各事実と前記1及び2で認定した事実を総合すると、前記主張を認めるに足りない。

<4> 右<1>ないし<3>の認定事実を総合すると、同3(一)(6)<1>イの事実のうち、被告国らが大池地区を除く各埋立工事を規制し得たのにこれをしなかったため、同湖の水位を計算上約八・七センチメートル高めたことを認めることができる。

(二) 同3(一)(6)<2>(湖畔の利用状況の変化)の事実、すなわち、河口湖周辺の居住状況が東京オリンピックの開催、中央高速道路の開通、レジャーブームの到来等から変化し、湖畔のすぐ近く特に大池地区では、平水位近くに旅館、ホテル、一般住宅、公共施設等の多くの建物が建築されていることは当事者間に争いがなく、原告らも湖畔に建物を所有し又は借りて居住ないしは事業を営んでいる者であることは前記第一の一で認定したとおりである。

(三)(1) 同3(一)(6)<3>(五七年水害と水害防止策の陳情)のア(五七年水害の経緯)の事実、すなわち、河口湖の水位が昭和五七年八月一日時点で平水位以下二・七メートルであったところ台風一〇号等の影響で同日から同月三日までの間に五〇二・五ミリメートルの降雨があったため、被告東電による同月一一日からの毎秒二立方メートルの、同月一二日からの毎秒四立方メートルの排水にもかかわらず同月一九日ごろには水位が平水位以上七センチメートルまで上昇したこと、被告東電が同日午後六時から毎秒六立方メートルの排水をしたところ次第に水位が低下し同年九月一〇日には平水位以下六六センチメートルとなったが台風一八号の影響で同月九日ごろから同月一二日ごろまでの間に四一二・五ミリメートルの降雨があったため、同月一七日には平水位以上一・〇三メートルにまで上昇し建物浸水被害が発生したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

(2)<1> 同3(一)(6)<3>のイ(水害防止策の陳情)の事実のうち、河口湖町々長が昭和五八年四月二八日に山梨県知事に水位を平水位以下一メートルに低下させることを要望したこと、原告ら住民が河口湖治水組合を通じて昭和五八年七月一日に山梨県知事に四月から一〇月までの間の水位を平水位以下二メートルにまで低下させることを陳情したこと、被告国らの検討の結果として被告東電に対し河口湖町の要望に副うかたちでの水位設定の指示がなされたこと(したがって河口湖治水組合の右陳情が全面的には受け容れられなかったこと)は当事者間に争いがない。

<2> <証拠略>によれば、被告国らが本件水害以前には県庁隧道を河口湖の排水路として活用する考えを全く持っていなかったこと、河口湖治水組合の年間予算が一〇〇万円程度であること、河口湖治水組合長が五七年水害の前に河口湖の河川管理事務を担当している被告山梨県土木部河川課々長である右盆子原に具体的な用途を明確にしないまま被告国らによる同組合に対する補助金の支出を要請したのに対し、右盆子原が同組合長に河川法上の河川管理者でない同組合には補助金を申請する法律上の根拠がない旨の回答をしたことが認められるけれども、同3(一)(6)<3>イ(湖辺住民の水位低下を求める陳情)の事実のうち、河口湖治水組合が被告国らに県庁隧道の補修、整備のための支出を再三陳情したが右陳情が受け容れられなかったことを推認するに足りる証拠はなく、また、原告ら住民が被告国らに対し、五七年水害後本件水害までに水位を平水位以下三メートル又は二メートル(前記昭和五八年七月一日の陳情を除く)まで低下させることを再三陳情したが右陳情が受け容れられなかったことについてはこれを認めるに足りる証拠はない。

7  河口湖における水害発生の危険性とその認識について

(一) 河口湖における水害発生の危険性

前記1ないし6の争いのない事実及び認定事実によれば、河口湖が毎年六月ないし一〇月の間においては集中的な多量降雨による水害発生の可能性がある湖であることが窺われる。

しかし、<証拠略>を総合すると、昭和五八年当時に改修が進められていた山梨県内の八五河川(以下「八五河川」という。)について全国の各河川の水害統計が整備された昭和四〇年から昭和五七年までの一八年間の被災状況をみてみると、一河川当たり平均一・〇五回の水害を経験しており、浸水面積は一河川当たり累計で八四ヘクタール、床下浸水以上の建物被害は同じく九三棟、一般資産、農作物、営業停止損失の一般資産等被害額は同じく四九六三万五〇〇〇円であることが認められるのに対し、河口湖においては、常時、相当量の湖水が河口湖の南岸にある通称「しゃく流し」等の多数の自然流出場所から流出して宮川方面に流入していると推定され、かつ、新倉灌漑用水の取水が行われ、また、昭和二〇年にうそぶき水路からの無制約的な取水が可能な当初の平水位が一・九七メートル低下されて現在の平水位になったことが影響してか、昭和一三年から昭和五七年までの四四年間には、全く水害が発生しておらず、また、昭和二六年一二月から昭和五八年七月までの統計では右期間中の平均水位が平水位以下約一・六メートルであって、水位が平水位を超えた日数も全体の約三・六六パーセント(一年当たり約一三日)であり、そのほとんどが微増水であり、かつ、床下浸水の被害に止まっていたことは前記2で認定したとおりである。

したがって、河口湖は、少なくとも昭和一三年の水害後五七年水害前までの四四年間は自然的条件と昭和二〇年に当初の平水位が一・九七メートル低下されて桂川電力及び被告東電による現在の平水位までの無制約的な発電用水の取水という利水行為が可能になったことなどの結果として、必ずしも人為的な治水の努力を要しない程度に水害発生の危険性が低下していたものということができ、類型的には原告らが主張するように本件水害当時、六月ないし一〇月の間に集中的な多量降雨による水害発生の危険性の高い湖であったものとまではいえないとしても、五七年水害及び本件水害は、いずれも主として二つの台風の接近に伴う豪雨を原因とする膨大な降雨量が河口湖へ流入したため、河口湖の自然流出機構及びうそぶき水路による緊急的な排水ではこれに見合う排水ができなかったため、そこに生じた急激な増水により水位が平水位を大幅に越えた結果として発生したことは明らかであって、梅雨時ないし台風接近の季節にあたる六月ないし一〇月の間では、五七年水害ないし本件水害時と同規模以上の豪雨があれば、これに伴う増水によって水害が発生する危険性はあったものと認められる。

(二) 水害発生の危険性の認識

被告国が河口湖の河川管理者であること、被告国らが、五七年水害以前から、県庁隧道の存在と、うそぶき水路以外に排水能力のある施設が存しない事実並びに河口湖の地勢、降雨期、公刊物である河口湖測候所日雨量年表及び同水位年表の存在をいずれも認識していたこと、被告国らが、五七年水害を体験してうそぶき水路だけでは五七年水害の際と同規模以上の降雨量の流入ないし流入速度があった場合には、それに対応して排水し水位の上昇を未然に防止する能力に欠ける旨を認識したこと、昭和五七年九月に濱野理論の報告を受けたこと、河口湖町から昭和五八年四月に、また、原告ら住民らから河口湖治水組合を通じて昭和五八年七月に、それぞれ水位低下の陳情を受けたこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、加えて、<証拠略>によれば、被告国らが昭和五八年八月一日に被告東電に対して指示した平水位以下一メートルという水位の決定にあたり五七年水害の降雨量及び降雨状況を基礎とした検討を実施したことが認められることを総合すれば、被告国らが五七年水害後ないし昭和五八年七月ごろまでの間に、梅雨時ないし台風接近の季節にあたる六月ないし一〇月の間には既存水位が平水位付近に有る限り五七年水害時と同規模以上の豪雨に伴う増水があれば水害が発生する危険性があったことを認識していたものと認められる。

二  新隧道の未整備について

1  湖管理の瑕疵についての判断基準

(一) 国家賠償法二条一項所定の瑕疵の意義

国家賠償法二条一項所定の瑕疵は、営造物が通常有すべき安全性を欠き、他人に危害を及ぼす危険性のある状態を指すが、かかる瑕疵の存否については、当該営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して、事故ないし災害という結果発生の危険性、それについての予見可能性及び結果回避可能性の諸条件を当該事例毎に具体的個別的に検討し判断しなければならない。けだし、営造物の設置管理に当たり、当該営造物の形状性質から通常予測できないような結果が発生してもそれが当該営造物の瑕疵に基づくものとはいえず、そのような結果発生を防止する措置まで当該営造物について採られる必要はないからであり、また当該結果発生の時点だけをみれば営造物が安全性を欠如した状態にあるかのようにみえても、その安全性の欠如の状態が第三者ないし自然力によって惹起され、営造物管理者に結果発生を回避しえないと認められる特段の事情があるときには、営造物の設置管理のうえで欠陥ないし瑕疵があるとはいえないからである。そして、右営造物の安全性は、当該営造物の特性を考慮し、自然的ないし社会的条件のもとにおける当該営造物の機能、役割をも合わせて検討しなければならないものであり、河川たる湖の場合についていえば、その管理の瑕疵の存否は、湖の特性ないし湖を含む河川管理の特殊性を考慮してこれを決すべきこととなる。

(二) 湖の特性ないし湖管理の特殊性

ところで、湖は、地形に沿って降雨等が貯溜して自然に生成された公共用物であって、常時降雨等が直接又は河川及び地下水脈等から間接に流入することによってその状態が維持されているものであり、管理者による公用開始のための特別な行為を要することなく自然の状態において公共の用に供されるものであることは公知の事実である。したがって、湖管理においては、当初から人工的に安全性を備えた物として設置され、管理者の公用開始行為によって公共の用に供されるダム、道路その他の人工的に設置された営造物の管理とは趣を異にし、その対象が潜在的に内包している洪水の危険性を予測し、これに対処しうる選択肢の中から適切なものを選び治水事業を逐次実施して、湖が通常備えるべき安全性を確保していく外はない。

ところが、治水事業は、事業の達成までに相当期間を要する外(時間的制約)、国民生活上の他の諸要求との調整を図りつつ配分された限られた予算の範囲の枠内において、全国ないし同一県内に多数存在する未改修ないし改修不十分な河川について改修の必要性、緊急性を比較しつつ、その程度の高いものから逐次実施するほかはなく(財政的制約)、治水事業を実施する上で必要とされる河川工学は、河川学を初め、水文学、水理学、土質力学、施工技術等を総合する学問であり、降雨という極めて予測や制御が困難な自然現象により発生する洪水を対象とすることから経験工学でしかなく、改修を実施するにあたっても緊急に改修を必要とする箇所から段階的に、特に隧道を新たに建設して湖水を既存河川に流出させる場合にはその前提として流出先の河川の整備、拡幅を先行させつつ、河川全体として上下流で整合のとれた治水機能の向上を図る方法でなければ工事の施行ができず(技術的制約)、更に、前記一6の(一)及び(二)で認定した事実からも窺われるような開発ブームにより湖周辺及びその下流域で住宅非適地が先に住宅地化する傾向及び地価高騰による治水用地の取得難などが必然的に伴うばかりでなく(社会的制約)、例えば道路管理における危険区間の一時的閉鎖等に相当するような簡易かつ臨機応変の危険回避手段が存在しないこと、以上の事実はすべて公知の事実である。

したがって、現状未改修の湖の管理は、右のような諸制約のもとで、一般に施行されてきた全国ないし山梨県内の治水事業による河川の改修、整備の過程に対応する、いわば、過渡的、相対的な安全性の確保をもって足りるものとせざるをえない。

(三) 湖管理の瑕疵の存否についての判断基準

しかして、当該湖の管理の瑕疵の存否は、未だ通常予測される災害に対応する十分な安全性を備えるに至っていない現段階では、過去に発生した水害の規模、発生の頻度、発生原因、被害の性質、降雨状況、集水域の面積、地形その他の自然的条件、土地の利用状況その他の社会的条件、改修を要する緊急性の有無及びその程度等諸般の事情を総合的に考慮し、前記諸制約の下での同種同規模の河川管理の一般水準及び社会通念に照らして是認し得る安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべきである。

2  河口湖の管理の瑕疵の存否

(一) 河口湖における水害発生の危険度及び最善の治水方法

河口湖は、少なくとも昭和一三年の水害後五七年水害前までの四四年間は自然的条件と昭和二〇年に当初の平水位が一・九七メートル低下されて桂川電力及び被告東電による同年以降の現在の平水位までの無制約的な発電用水の取水が可能になったことの結果として、必ずしも人為的な治水の努力を要しない程度に水害発生の危険性が低下していたものということができ、類型的には原告らが主張するように本件水害当時に六月ないし一〇月の間に集中的な多量降雨による水害が発生する危険性の高い湖であったものとはいえないが、他方、五七年水害及び本件水害が、いずれも主として二つの台風の接近に伴う豪雨を原因とする膨大な降雨量が河口湖へ流入したため河口湖の自然流出機構及びうそぶき水路による緊急的な排水ではこれに見合う排水ができなかったためそこに生じた急激な増水により水位が平水位を大幅に越えた結果として発生したことは明らかであって、梅雨時ないし台風接近の季節にあたる六月ないし一〇月の間においては右と同規模以上の豪雨があれば、これを原因とする増水によって水害が発生する危険性があったこと、被告国らが遅くとも五七年水害後ないし昭和五八年七月ごろまでの間に、梅雨時ないし台風接近の季節にあたる六月ないし一〇月の間には既存水位が平水位に有る限り右の水害発生の危険性がある旨を認識していたことは、前記一7の(一)及び(二)で認定したとおりである。そして、河口湖の右の水害発生の危険性をも排除することを目的として急激な増水に対応して排水する能力を有する新隧道を直ちに設置し、豪雨時に湖水を流下させて水位の上昇を未然に防止することが最も理想的で、最善の治水方法であるといえるところ、被告国らが本件水害時までに右治水方法を実施していなかったことは当事者間に争いがない。

(二) 新隧道整備の必要度ないし緊急度

(1) 国中地方の水害による被害状況

<1> しかしながら、他方において、争いのない事実、前記一で認定した事実、<証拠略>を総合すれば、以下の各事実を認めることができる。

昭和四〇年代以降その周辺の宅地造成が進み、いわゆる都市河川となった天井川(川床が両岸の宅地ないし耕地よりも高い川)、内水河川(天井川の間に挟まれた平野部を流下する河川で排水ポンプなくして排水不能なもの)その他山梨県内の急勾配河川流域では、流速のために破堤すると人家が流出したり人命、財産に壊滅的で広範囲の損害を与えるおそれがあるが、これらの河川は御坂山塊をはさんで甲府盆地側の北巨摩郡、中巨摩郡、南巨摩郡、甲府市、東山梨郡及び東八代郡の中西部地方(以下には右の各地域を総称して「国中地方」という。)に集中していた。

そのため、国中地方では、昭和三四年に死者、行方不明者が一〇五人、人家の全壊、半壊が合計約四八〇〇戸、当時金額換算で被害額三〇〇億円という災害が発生し、同様の被害規模である昭和三六年及び昭和四一年の各水害の外にも、水害が頻繁に発生した。

<2> そこで、山梨県内では、昭和五八年当時、国中地方にある河川を中心とした八五河川について県民生活上の他の諸要求との調整を図りつつ改修事業が段階的に進められていたのであり、具体的には都市河川一〇河川については計画降雨量の年超過確率一〇分の一(過去の降雨実績をもとに確率統計的手法を用いて計算された降雨量の年確率であり、年超過確率が一〇分の一ということは平均して一〇年に一度の割合で計画降雨を超える降雨が発生する可能性があることを示し、改修計画はこの規模までの洪水被害を避けることを目標としているのである。)から八〇分の一あるいは既往最大雨量を目標とし、内水河川九河川については同一〇分の一から五〇分の一あるいは既往最大雨量を目標とし、急流河川五五河川については同一〇分の一から八〇分の一あるいは既往最大雨量を目標とし、天井川一一河川については同三〇分の一から五〇分の一を目標として、それぞれ改修事業を行っていた。そして、右の八五河川のうち、計画降雨量の年超過確率三〇分の一ないし同五〇分の一を改修計画の目標としているものが六一河川を占めていたが、改修計画の目標を未だ同一〇分の一とする河川も四河川あり、昭和四〇年から昭和五七年までの一八年間に一河川当たり平均一・〇五回の水害(浸水面積は一河川当たり累計で八四ヘクタール、床下浸水以上の建物被害は同じく九三棟、一般資産、農作物、営業停止損失の一般資産等被害額は同じく四九六三万五〇〇〇円)を経験していたものである(以上の事実は原告が明らかに争わないのでこれを自白したものとみなす。)。

(2) 河口湖の水害による被害の程度

これに対し、争いのない事実、前記一で認定した事実、<証拠略>を総合すれば、以下の各事実を認めることができる。河口湖では、湖の水害においては水位が相対的には緩やかに上昇することから、人命の被害及び家屋の流出は皆無であり、水害の範囲も湖周辺に限られ(五七年水害における浸水面積は三ヘクタール、建物被害は七棟、一般資産等被害額は二七九三万一〇〇〇円に止まっている。)、大正七年に桂川電力がうそぶき水路による発電用取水を始めてからほとんどの期間水位が平水位を下回っていたため(昭和二六年から昭和五八年の三二年間での平水位以下の日が約九六・三四パーセントである。)、大正七年から昭和五七年までの間に三回(五七年水害を除く)水害が発生したに止まり、途中昭和四七年ごろから湖畔の埋立等による宅地化が進行したにもかかわらず、五七年水害以前の実に四四年間には全く水害がなかった。

そして、本件水害に対応できる排水路を設置するとすれば、昭和五八年八月一六日の日雨量について昭和八年ないし昭和五七年の雨量資料により計算される計画降雨量の年超過率にして七〇分の一、同様に同月一四日から一八日までの五日雨量では一八三分の一を目標とすることになるが、右目標値が概ね三〇分の一から五〇分の一の年超過確率を改修計画の目的として施行している山梨県の河川改修計画目標値より緊急度において明らかに低位であることは否定できない。

(3) したがって、右(1)及び(2)で認定した山梨県内の河川改修の実情と河口湖の水害発生の頻度、被害の態様等を考慮すれば、むしろ天井川、内水河川及び急流河川の改修を河口湖に優先して行う必要があったものというべく、これらの河川に優先して緊急に河口湖に新しい隧道を建設する必要性はなかったものといえる。

(三) 被告国、同山梨県の財政負担の可能性の有無

(1) 被告国の財政援助の可能性

<1> 河川法六〇条二項の趣旨

河川法六〇条二項は、河川法九条二項で都道府県知事に管理が委任された指定区間内の一級河川の管理に関する費用のうち改良工事に要する費用についてはその三分の二を国が負担すると規定している。しかし、河川法、道路法等は、都道府県知事に一般的な管理責任は課すものの、法律で具体的に改良工事に必要な財政負担を義務付けることはせず、その改良工事の実施を別の長期計画に基づき当該計画による公共投資等の総額の枠内で行われるものとし、その範囲内において国の負担責任が伴うものとしているのである。したがって、本条項は被告国に改良工事の費用の三分の二の負担を義務づけたものではなく、被告国の治水投資の枠内において積極的に財政的負担をさせようとする趣旨と、財政負担する場合における財源分配について定めたものと解すべきである。右の解釈に反する原告らの、費用の三分の二については法律上の負担義務があり更に三分の二を越える額についても積極的な財政負担を促す趣旨である旨の主張は採用できない。

<2> ところで、<証拠略>によれば、昭和五八年当時の山梨県内における改修事業の予算総額が三七億四〇〇〇万円であるのに対し本件水害に対応できる排水路を設置したうえ下流整備等をするとすれば昭和六一年当時の概算で少なくとも約三〇億円以上の資金を要することが認められ、右事実と前記(二)のとおり山梨県内の天井川、内水河川及び急勾配河川の改修が河口湖の治水事業に優先させて実施されるべきことを合わせ考えれば、被告国が本件水害当時に八五河川に優先して特に新隧道の建設及び下流整備についての財政的援助をする余地はなかったことは明らかである。

(2) 被告山梨県の財政措置の可能性

<1> 被告山梨県に本件水害当時に八五河川に優先して特に新隧道の建設及び下流整備についての財政的援助をする余地はなかったことは、前記(1)<2>で認定したとおりである。

<2> 以上に対し、建設省河川局長が「河川の適正な管理を一層推進するため、徴収した流水占用料等の額に相当する額については河川の管理に要する費用に充当するよう特段の配慮をする。」旨の通達を出していること(請求原因3(二)(3)<2>アの事実)は当事者間に争いがないこと、河口湖の存在故に湖辺住民が被害を受ける一方被告山梨県が被告東電から河口湖の湖水があるが故に年約一億六〇〇〇万円にのぼる流水、土地占有使用料を徴収していること(被告山梨県が明らかに争わないので自白したものとみなされる同3(二)(3)<2>イの事実)から、原告らはこれらの財源を新隧道の建設及び下流整備に使用することに何ら支障がなかった旨主張するが、流水占用料等は使途の特定のない都道府県の一般会計の収入となり(河川法三二条三項)、その実際の使途が当該都道府県の様々な財政需要の中での総合的判断により定められる性格のものであり、しかも、河口湖よりも八五河川の整備が優先されるべきであったことは前記(二)のとおりであり、原告らの流水使用料の全てを優先的に特定の河川である河口湖の新隧道の建設のために使用すべきであった旨の主張は、このような流水占用料等の財政上の性格、山梨県における財政運営の実情及び河川改修事業の優先順位を無視したものであり採用できない。

(四) 技術的、時間的制約の存在

次に、<証拠略>によれば、昭和五八年水害時の降雨規模に対処できる新しい隧道には、うそぶき水路(約七・七九立方メートル)を含めて毎秒約三〇立方メートルの排水能力を要すること、その延長が約二・八キロメートルで内約一・五キロメートルを新トンネルの掘削により内約一・三キロメートルをうそぶき水路を深く掘り下げることにより賄うことが最も合理的であること、被告山梨県が本件水害時にうそぶき水路を利用して最大放流を試みようとしたところ、昭和五八年八月一六日早朝から宮川と入山川合流地点付近、相模川下流地域のうち西桂町小沼地区、都留市鹿留発電所付近、同境地区付近、同蒼竜峡団地など付近において護岸決壊や浸水地域が多数生じたため直ちに最大放流をすることができなかったこと、その原因が昭和五八年の台風が富士吉田市、西桂町、都留市一帯にわたり異常ともいうべき多量の雨を降らせたことの外に相模川自体が富士山の熔岩地帯を流れる河川で、河床に岩盤が露出し河床が高く、そのため流下能力が不足し、また川幅が狭隘で増水に対処できない箇所が多数あったことであること、したがって、河口湖の水害を回避する有効な対策としては、まず相模川の右熔岩質の岩盤を掘削して掘り下げ又は川幅を広げるなどの技術的に困難な河川改修工事を行う必要性があり、しかも、相模川下流地域の右河川改修工事が終了しない限り新隧道を建設したとしても実際には本件水害時と同様河口湖の水を下流に放流することができなかったこと、相模川水系の減水期でなければ工事の実施が難しく工事自体が困難であることから施工に相当期間を要すること、右の一連の工事の施工が工事予定地の測量、模型実験及び詳細設計を前提とすること、以上の事実が認められる。

右の各事実と、前記一7で認定したとおり被告国らは、治水手段を考慮すべき梅雨時ないし台風接近の季節にあたる六月ないし一〇月の間における五七年水害時と同規模以上の豪雨に伴う増水により水害が発生する危険性を五七年水害以後に認識したに止まり、それ以前にはこれを認識し得なかったこととを合わせて考慮すれば、仮に五七年水害直後に右工事に必要な財政的措置が可能であり、被告国らが治水手段を考慮すべき水害発生の危険性を認識するに至ったことから直ちにその履行に着手していたとしても、本件水害時までに右工事を完成させ、本件水害時に新隧道から増水に対応する排水を可能とするだけの技術的、時間的余裕がなかったことを推認できる。

(五) 以上(二)ないし(四)によれば、被告国らが本件水害時までに新隧道の建設及び下流整備に着手しこれを完成させていなかったことについて、河川管理の一般水準及び社会通念に照らして法上要求され、かつ、是認し得る安全性を備えていなかったものと認めることはできず、河口湖の管理に瑕疵ありと判断することはできない。

三  水位調整義務の存否について

1  水位調整義務の存否の判断基準

(一) 国家賠償法一条一項にいう違法の意義

国家賠償法一条一項にいう違法とは、厳密な法規違反のみを指すのではなく、不作為を含む当該行為が法律、慣習、条理ないし健全な社会通念に照らし客観的な正当性を欠くことを包含するものと考えられる。したがって、公権力の行使にあたる公務員の当該不作為について違法性の有無を決する作為義務の存否を判断するに当たっても、当該作為を義務付ける具体的な法規の存在することは必ずしも必要とはされず、法律、慣習、条理ないし健全な社会通念に照らし作為義務が存すると認められる余地があるものといわなければならない。

(二) 河川管理者の河川法上の職責

(1) 水害防止義務

まず、河口湖は一級河川であるところ、河川法二条一項は、河川管理者が公共用物である河川をその本質に従い同法一条の目的を達成するために管理すべき一般的、抽象的責務を負うことを明らかにしたものであり、河川法一条は、「河川について、洪水、高潮等による災害の発生が防止され」るように管理することと規定しており、これが通常の河川(湖)の状態において発生する河床(湖底)の上昇若しくは低下、河岸(湖岸)の侵食又は地下水の汲み上げに起因する地盤沈下による溢水等自然的原因又は人為的原因のいずれによるかを問わず、河川(湖)の流水(湖水)によって生ずる災害の発生を未然に防止すること、すなわち、ダム、堤防、護岸等の河川管理施設を設置し、放水路、捷水路を開削し、河床(湖底)を掘削する等の河川工事又は修繕工事を行うことによって災害の発生を予防し、洪水等の危険が具体化した場合には災害の発生を防止し又は被害を軽減する水防の措置をとることを含む趣旨であることは明らかである。

したがって、河川管理者は、湖管理にあたり、右の河川法の目的に沿って水害防止に必要な措置をとるべき一般的、抽象的な責務を負っているものといわねばならない。

(2) 既存の水利使用の確保ないし水利使用増進の義務

他方、河川法一条は、「河川が適正に利用され、及び流水の正常な機能が維持されるようにこれを総合的に管理することにより、国土の保全と開発に寄与」することをその目的としており、これは河川管理者が既得水利権者の取水又は舟運のための水位の保持等の既存の水利使用を確保し、かつ、その他の水利使用の増進を図るという趣旨であるから、河川管理者は湖の管理において右の目的をも考慮すべき責務を負っているものといわねばならない。

(3) 河川管理者の裁量権

そこで、河川管理者は、湖の管理において、水害防止の措置と既存の水利使用の確保とを調和させる職責を担っていることになる。

ところで、湖の管理は、河川ないし河川管理の特質及び諸制約のためにすべての河川が未だ通常予測される災害に対応する安全性を備えるに至っていない現段階では、一般に施行されてきた全国ないし山梨県内の河川の改修、整備等の河川管理の一般水準ないし社会通念によって是認し得る、いわば、過渡的な安全性の確保をもって足りるものとせざるをえないことは前記二1(二)で説示したとおりであり、河川の改修が当面計画降雨量の年超過率にして一〇分の一から五〇分の一の達成ないしは既往の戦後最大の降雨に対処することを念頭において進められていることは当事者間に争いがない。その結果、河口湖のように未改修の湖が存在することを是認せざるを得ない。

また、河口湖には自然流出河川がなく、本件水害当時、人工的排水機能を有する施設としては過去に実際記録されたような記録的降雨による急激な水位の上昇に対応して必ずしも十分な排水をする能力のないうそぶき水路しか存在しないことは当事者間に争いがない。

そこで、このような現状未改修の河口湖における水害防止においては、うそぶき水路により事前に水位を調整(低下)することが現実的かつ唯一の水害防止の措置ということになるが、右のような水害防止の措置は、ともすれば既存の水利使用確保の要請と対立することになる。すなわち、湖における水害発生の危険性が降雨という際限のない自然現象に伴うものである以上、元々あらゆる降雨に対処し得る水害防止の措置を想定することは不可能であり、水害防止の観点から想定する降雨量を過大に見積もり湖の水位を極度に低下させれば逆に渇水の事態が生じて既存の水利使用者の利益が犠牲にされるという関係にあるのである。

したがって、河川管理者は、河口湖管理において、河口湖がもつ水害発生の危険度、前記の河川管理の一般水準、水害防止措置と既存の水利使用者の利益との調和その他諸般の事情を総合考慮したうえ、基本的にはその裁量によって水害防止を具体化する措置ないしその内容を決定できるものと認めるべきである。

(三) 河口湖における水位調整義務の発生要件

しかしながら、河川管理者は、右(二)(3)のように水害防止の措置について裁量権を有するとしても、当該湖に洪水が発生して湖周辺の住民が重大な被害を被る高度の危険性があり、河川管理者が右危険を認識し又はこれを容易に知り得べき状況にあり、洪水防止について容易に臨機かつ有効な水害防止の措置を講じることが可能で、しかもその水害防止の措置を講じることによって守られる住民の利益がこれによって犠牲となる既存水利使用権者の損失に優越することが明白である場合には、その水害防止の措置を講じることが義務付けられるものというべきである。けだし、河川管理者は、かかる場合には、河川管理者としての水害防止の職責を全うすることが法律上、条理上ないし社会通念上期待されるうえ、河川ないし河川管理の特質に基づく時間的、技術的、財政的及び社会的制約を受ける度合が著しく低くなると考えられる。

(四) 水位調整義務の存否の判断基準

しかして、被告国らが、本件水害当時、河川管理者として河口湖について国家賠償法上なんらかの水位調整義務を負っていたか否かないしその内容については、過去の降雨状況、過去の水害発生の頻度及び規模、被害の性質ないし種類、計画降雨量などに照らし、前記(三)の要件に該当するか否かを総合的に考慮して個別具体的に判断されるべきものと考えられる(なお、原告らは、河口湖が人工のダムと構造的に類似性があるとしてダム湖に関する法的規制に準じた水位調整義務が生じると主張する(請求原因3(三)(1)<2>)。しかし、ダムは、いずれも河川の中に人工的に堤体を造って水を貯留することから、ダムの設置又は操作に起因するいわば人工的な災害が発生するおそれがあり、これを防止するため、河川法等により河川の従前の機能の維持、水位、流量の観測、操作規程の作成等が要求され、治水ダム及び多目的ダムにあっては治水容量を確保し洪水調節を行う必要があるため、洪水調節のための治水容量の確保等の一定の規制が行われている。これに対し、河口湖は、自然発生的な公共用物であり、もとより人工的なダム湖に関する法的規制を受けず、これに準じた規制がされるべき特段の事情も認められず、原告らの前記主張は理由がない。)。

2  原告らの主張する具体的な水位調整義務の存否

原告らは、被告国らが多量降雨期前に一方において県庁隧道の排水機能を回復しておき、他方において自ら又は被告東電に指示して、うそぶき水路を使用して排水し、河口湖の水位を予め平水位以下三メートルに設定し(以下「水位低下義務」という。)、かつ、台風等により集中的に多量の降雨があることを確実に予測できる時点以降にうそぶき水路及び県庁隧道による最大排水を行う義務(以下「最大排水義務」という。)を負っているものと主張するので、前記1(四)の判断基準に照らして以下に検討する。

(一) 水位低下義務の存否

(1) 河口湖における水害発生の危険度及びその認識可能性

<1> 争いのない事実、前記第二の一2、前記第三の一4(二)(2)、同一7の(一)及び(二)、同二2の各認定事実並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

五七年水害及び本件水害は、いずれも主として二つの台風の接近に伴う豪雨を原因とする膨大な降雨量が河口湖へ流入したため、河口湖の自然流出機構及びうそぶき水路による緊急的な排水ではこれに見合う排水ができなかったためそこに生じた急激な増水により水位が平水位を大幅に越えた結果発生したことは明らかであって、梅雨時ないし台風接近の季節にあたる六月ないし一〇月の間においては右と同規模以上の豪雨があれば、これを原因とする増水によって水害が発生する危険性があり、被告国らが遅くとも五七年水害後ないし昭和五八年七月ごろまでの間に、梅雨時ないし台風接近の季節にあたる六月ないし一〇月の間には既存水位が平水位付近に有る限り右の水害発生の危険性があることを認識していたものであり、また、原告らが主張する水位調整をしていれば、本件水害も発生していなかったものといえる。

しかしながら、河口湖は、少なくとも昭和一三年の水害後五七年水害前までの四四年間、自然的条件と昭和二〇年に当初の平水位が一・九七メートル低下されて桂川電力及び被告東電による現在の平水位までの無制約的な発電用水の取水が可能になった結果右以降のほとんどの期間の水位が平水位を下回っていたため(昭和二六年一二月から昭和五七年七月までの三二年間の平水位以下の日の割合は九六・三四パーセントである。)、途中昭和四七年ごろから湖畔の埋立等による宅地化が進行したにもかかわらず水害が発生していなかったものである。

したがって、河口湖は、必ずしも人為的な治水の努力を要しない程度に水害発生の危険性が低下していたものということができ、原告らが主張するように本件水害当時に六月ないし一〇月の間に集中的な多量降雨による水害が発生する危険性の高い湖であったとはいえない。

<2> また、争いのない事実、前記第二の一2、前記第三の一4(二)(2)、同一7の(一)及び(二)、同二2の各認定事実並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

湖の水害においては、河川の洪水の場合に比べて相対的には水勢が弱く水位が緩やかに上昇して洪水に至ることから、人命の被害及び家屋の流出は皆無であり、水害の範囲も湖周辺に限られるのであり(五七年水害における浸水面積は三ヘクタール、建物被害は七棟、一般資産等被害額は二七九三万一〇〇〇円に止まっている。)、その従前(昭和一三年水害以後本件水害以前まで)の被害の種類及び程度は、相対的には重大ではなかった。

しかも、うそぶき水路による事前の排水による水位低下には相当の期間を要するところ、現在の気象学では、長期的な気象変動、降雨の定量的予測手法は未だ確立されておらず、また、河口湖の流入流出機構は複雑であって降雨量と水位の上昇との関係について原告らが主張するような普遍的法則を認めえず、被告国らが昭和五八年の降雨期以前に台風が来襲するなどして戦後最大の降雨があった五七年水害の際と同規模以上の降雨による水害が発生することは勿論、その発生頻度を予測することすら期待できなかったのであり、まして、被告国らが昭和五八年の降雨期前において五七年水害の降雨規模を遙かに凌ぐ本件水害の際の降雨量及び水位上昇の程度並びにこれに伴い広範な財産的被害が生じることを容易に予測し得たものとはいえない。

<3> したがって、被告国らが、本件水害前のしかるべき時点で、原告らの主張する前記の水位低下義務を履行しなければ、洪水が発生して湖周辺の住民が重大な被害を被る高度の危険があることを認識し又はこれを容易に知り得べき状況にあったものとはいえず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(2) 既存の水利使用者が被る不利益の内容及び程度

原告らは、被告国らが前記の水位設定義務を履行したとしても既存の水利使用者に与える影響は僅かであった旨主張する。しかしながら、本件全証拠を総合しても右の具体的水位調整を実施することによって守られる住民の利益がこれによって犠牲となる既存水利使用権者の損失に優越することが明白であると認めることはできない。

かえって、<証拠略>を総合すれば、以下の事実が認められ、右認定に反する<証拠略>は右各証拠に照し採用しない。

河口湖の水位は、昭和二六年一二月から昭和五七年七月までの過去三二年間においては、約四パーセント弱の期間しか平水位以上に上昇しておらず、右期間以外では全て平水位を下回っており、その間に異常渇水状態が昭和四〇年、四六年、四九年及び五二年に発生している。また、右三二年間の非降雨期(一一月ないし五月の間)における水位の低下幅の最大値は約三メートルであり、そのほかにも二メートル以上が四例記録されていた。したがって、被告国らが本件水害以前に自ら又は被告東電をして降雨期前の水位を平水位以下三メートルに低下させておくと、その後平水位以下五ないし六メートルにまで水位が低下し、既存の最低水位記録である平水位以下四・三二メートルを上回る史上最低の水位となり、以下のように各利水者に計り知れない甚大な被害を及ぼすおそれがあった。

すなわち、まず、河口湖周辺の一市一町二村(富士吉田市、河口湖町、勝山村、足和田村)では、六〇〇戸内外の農家が、それぞれ土地改良によって農業を行い、灌漑用ポンプで河口湖の水を揚水等しており、その受益面積は約二三〇ヘクタールに上るところ、灌漑用ポンプの取水のための限界水深が平水位以下二・七メートルであるため、仮に原告らが主張するように洪水防止のために水位を人為的に平水位以下三メートルに操作するならば、それだけでも灌漑用水を取水することが困難となり、そのうえ渇水による右のような水位低下を招けば揚水ポンプの新増設などの経費増により採算がとれなくなるなど河口湖周辺の農業に重大かつ深刻な影響を与えるおそれがあった。

次に、周辺住民が組織する河口湖漁業協同組合(一五〇名)は、鯉の養殖、わかさぎ釣り等の漁業を営んでおり、湖水の水位が異常に低下すれば、酸素不足あるいは周辺民家等からの雑排水の流入による湖水の汚濁がひどくなり魚の成長に重大な影響を与えるおそれがあった。

第三に、河口湖では、遊覧船(四隻)やモーターボートの航行、ホテル、民宿営業等の観光事業があるが、湖の水位が著しく低下し渇水状態が続くと、湖底の一部が露出しあるいは湖面に接近して遊覧船等が座礁する危険を招来し、その航路変更を余儀なくされ、更には湖畔の建物からの排水管が露出し悪臭を放つなどの観光面への悪影響が生じるおそれがあった。

第四に、被告東電は、水利使用権に基づき河口湖から取水し発電事業を行っているが、治水の観点からのみ河口湖の水位を平水位以下三メートルに低下させると、現行の水利使用規則の取水制限規定(同規則四条二項三号)による限り、僅か〇・〇三メートル水位が低下すると取水ができなくなり、同社の発電事業に重大な影響を与えるおそれがあった。

ところで、昭和五九年一月一日以降平成二年一二月三一日までにおける河口湖の最低水位は、昭和六三年三月一七日から六日間続いた平水位以下四・一五メートルであり、そのうち四九九日間は平水位以下三メートル未満(そのうちの六五日間は連続で平水位以下四メートル未満)であり各方面に減水による支障や被害が生じた。すなわち、昭和六二年には農業用水の取水難のため、共同ポンプの増設やポンプの二段上げを行うなどの経費の増加を余儀なくされ、観光面においても遊覧船のコース変更をせざるを得ない状況となった。また、昭和六三年には勝山村その他の農家が稲作を断念し、遊覧船もコース変更に止まらず運休の検討も行うほどの状態に陥るなどの被害が生じた。

したがって、仮に被告国らが本件水害以前ないし右以降に原告らが主張するように降雨期前の河口湖の水位を現行の平水位以下一メートルから同三メートルに低下させておいたとすれば、慢性的かつ深刻な渇水状態が生じ、前記の各利水者により甚大な被害を生じさせる可能性があったものといえる。

以上の各事実と前記(1)の認定事実を総合すると、前記の原告らが主張する水位低下義務が履行されることによって守られる住民の利益が、これによって犠牲となる既存の水利使用権者の損失に優越することが明白であると認めることができないことは明らかである。

(3) ところで、被告国らが本件水害以前にその裁量に基づき、被告東電に「当面の間水位が平水位以下一メートルになるまで取水すること」という指示をしたこと、被告東電が右指示の範囲内で取水した結果、本件水害前には水位が平水位以下一・〇八メートルに低下していたこと、右指示水位によれば被告国らの五七年水害を前提とする検討によっても平水位以上〇・五四メートルの増水を招くことは当事者間に争いがない。そして、原告らは、右指示水位では被告国らの検討でも床上浸水を許容していたことになり違法である旨主張し、<証拠略>によれば河口湖大池公園付近の建物敷地には平水位と変わらない標高のものがあることが認められ、右事実によれば原告らの主張のうち被告国らの指示が五七年水害を前提とする検討によっても床上浸水を招くおそれがあるものであったことを推認できる。

しかしながら、被告国らが昭和五八年八月一日の右指示の時点で五七年水害の際の降雨規模と同規模の降雨の発生することを予測し得なかったことは、前記(1)で認定したとおりであり、仮にそのような事態を予測できたとしても、経験則上、右の床上浸水のおそれは土嚢積み等の水防作業によって必ずしも防ぎ得ないものではなく、実際に浸水があったとしても五七年水害の被害規模に照らし軽微な被害に止まったものと推認できる。したがって、被告国らの前記指示は、平水位以下〇・五四メートルの増水による原告らの建物の浸水被害を許容していたものとはいえず、なんら違法ではない。

まして、被告国らが本件豪雨のように五七年水害の際の規模を大幅に超える降雨の発生を予測することは到底不可能であったことは前記(1)で認定したとおりであり、他方、河口湖の水位を平水位以下一メートルより更に低下させると渇水により利水者が被害を受ける危険が高まることは、前記2(一)(2)のとおりである。したがって、渇水被害の防止をも考慮すべき被告国らが、右のような降雨の発生に備えて、平水位以下一メートルより平水位以下三メートルに至るまでの間に水位を低下させるべき作為義務を負っていたものとは認められないのであり、原告らの前記主張は理由がない。

(4) 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、被告国らが本件水害当時水位低下義務を負っていた旨の原告らの主張は理由がない。

(二) 最大排水義務の存否

(1) うそぶき水路による最大排水義務の存否

<1> まず、被告国らは、台風等により集中的に多量の降雨があり、水位が平水位を超えることを確実に予測できる時点以降は、湖周辺の住民に重大な被害が発生する高度の危険性があることを認識し又は容易に認識できる。

<2> 次に、右時点以降に至り最大排水を開始しなければ、浸水期間が長期化し、住民が被る損害が重大になる危険があることは明らかであるところ、前記一7(一)(1)で認定したとおり、うそぶき水路が最大毎秒七・七九立方メートル(一日あたりの水位低下能力が約〇・一一六メートル)の排水能力があり、最大排水の実施が浸水期間の短縮に有効であることもまた明らかである。

<3> また、うそぶき水路の排水能力は前記一7(一)(1)で認定したとおり、過去の水位上昇記録(一一例、一日当たり五〇ないし一六五センチメートル)のような急激な増水に対応して排水する能力に欠けているから、水利使用者の立場に立てば、右時点以降に最大排水を開始しても水位が既存水位より低下する危険性は少なく、むしろ最終的には増水傾向となる可能性が高いと思われるので、水利使用者がこれによって不利益を被るおそれがないことも明白である。

<4> そこで、被告国らがうそぶき水路を排水手段として容易に利用できる立場にあったか否かについて判断する。

ア まず、原告らは、被告国らが河川法二二条一項に基づき、うそぶき水路を使用する権限があった旨主張する。本条項は、河川管理者が災害の危険が具体化した場合にこれを防止し、又は被害を軽減するための応急的措置をとり得るようにするため、河川管理者に緊急の必要がある場合に物的負担等を課する権限を与えたものである。しかし、本条項は、課し得る物的負担の内容を明文によって限定しているのであり、その一類型として土地及び土石、竹木その他の資材並びに車両その他の運搬具の使用を認めているものである。そして、これは、その対象からして護岸の補強等のいわゆる水防作業に必要な場所、資材及びその運搬手段の使用を認める趣旨と考えられる。したがって、うそぶき水路がその対象とならないことは明らかである。

更に、本条項が処分の対象としているものは、緊急措置の結果、滅失し、又は土地若しくは河川管理施設と附合し、これを回復することが不可能ないし不適切なものか、水防の支障となる工作物であり、その性格を異にするうそぶき水路がこれに含まれる余地はなく、しかも、本条項は、使用という範疇の外にわざわざ収用及び処分の範疇を設けて対象物を明確に区別しているのであるから原告らが主張するように処分の範疇に使用の概念を含めて論じる余地がないことも明らかである。

したがって、被告国らが本条項によってうそぶき水路を使用することができた旨の原告らの前記主張は理由がない。

イ 次に、原告らは、うそぶき水路とその放水先の施設を一級河川に指定してうそぶき水路を利水・治水の兼用施設とする措置をとれば必要なときにこれを使用して水位を調整することができた旨主張するが、昭和一三年水害以後本件水害以前までの被害の種類及び程度は相対的には重大ではなく、しかも、現在の気象学では、長期的な気象変動、降雨の定量的予測手法は未だ確立されておらず、また、河口湖の流入流出機構は複雑であり、被告国らが昭和五八年八月以前において降雨量と水位の上昇との関係について原告らが主張するような普遍的法則を認めるのが困難であったことは前述のとおりであるから、被告国らが昭和五八年の降雨期前において戦後最大の降雨があった五七年水害の降雨規模を遙かに凌ぐ本件水害の際の降雨量及び水位上昇の程度並びにこれに伴い広範な財産的被害が生じることを容易に予測し得たとは認められず(前記(一)(1)のとおり)、被告国らが本件水害当時までにうそぶき水路を一級河川に指定する緊急性はなかったものといわねばならない。

ウ 更に、被告国らが事実上うそぶき水路による排水によって河口湖の水位を低下させうる立場にあったものといえるかどうかについて判断する。

まず、被告国(建設大臣)は、昭和五一年九月一〇日、被告東電にうそぶき水路による河口湖からの取水を許可するに際し、水利使用規則として河口湖の水位が平水位以上の場合、平水位に低下するまでは毎秒七・七九立方メートル以内の水量を取水することができ(同規則四条二項一号)、河川管理者が必要ありと認めたときは水利使用者に対し、必要な水利使用者がとるべき措置を指示することができる(同規則四条三項)旨定めたこと、被告国らが被告東電に対し少なくとも昭和五六年一二月以降昭和五八年五月までの間、治水上の配慮から相当日数にわたり発電及び灌漑以外の目的の取水(排水)の停止及び開始を「県指示」の形で求め、被告東電がこれをすべて受け入れていたこと、被告国が被告東電に対し昭和五八年八月一日同規則四条三項に基づき建関水第三四九号の二の指示書によって当分の間河口湖の水位が標高八三二・五二五メートル(平水位以下一メートル)以上の場合にはこの水位に低下するまでは毎秒七・七九立方メートル以内の水量を取水することを指示し被告東電が本件水害以前に本件指示に基づき河口湖の水をうそぶき水路から取水した結果、河口湖の水位が本件水害当時には平水位以下一・〇八メートルとなっていたこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。以上の事実によれば、水利使用規則が単なる利水のための規則から治水のための規則へとその性格を一部変容し被告国らが被告東電に対し適切妥当な水位の設定を指示する権限を有するに至ったとまではいえないとしても、少なくとも同規則四条三項に基づき又は従前実施していた「県指示」によって、事実上うそぶき水路による排水により河口湖の水位を容易に低下させうる立場にあったものと認められる。

<5> したがって、被告国らは、特段の事情のない限り、台風等による集中的な多量降雨があり、水位が平水位を超えることを確実に予測できる時点以降においてはうそぶき水路による最大排水をする義務があったものと認められる。

(2) 県庁隧道による最大排水義務の有無

次に、県庁隧道が本件水害当時にその排水機能を失っており、他方、うそぶき水路の排水能力では、一旦、五七年水害時を初めとする過去に記録されたと同規模程度の集中的な多量降雨による増水があるとこれを早期に排水できないことは当事者間に争いがなく、本件水害にかかる浸水期間をより短期化するには県庁隧道の機能の回復が有効であったものと認められる。しかし、河口湖が水害発生の危険性の高い湖であったとまでいえないことは前記一7(一)のとおりであり、また、河口湖治水組合が被告山梨県河川課に対し再三殊に五七年水害後にも県庁隧道の維持管理のための補助を要請したことを認めるに足りる証拠がないことは前記一6(三)(2)<2>で判示したとおりであり、更に県庁隧道が昭和二五年からその内部の一部崩壊のために機能を停止していたが同年以降五七年水害までに水害が発生していなかったことは当事者間に争いがなく、したがって、県庁隧道の機能回復が緊急性を有していたものとはいえない。また、五七年水害の最高水位が平水位以上一・〇三メートルであったことは当事者間に争いがないところ、<証拠略>によれば県庁隧道の取水口底面は平水位と同じ高度であるもののその最上部は平水位以上約一・九七メートルであり右の最高水位よりも約〇・九四メートル高いことが認められるから、五七年水害と同一規模の増水を想定し県庁隧道の機能を回復しこれを排水手段として利用しても必ずしも有効とはいえず、むしろ既存水位を降雨期前に低下させ、なお平水位を越える増水が予測される場合には土嚢積み等の水防の措置をとることの方が治水方法として効率的であることに照らせば、被告国らが本件水害前に県庁隧道の機能を回復してこれを治水手段として活用することを検討する余地がなかったことが認められるうえ、前記(一)(1)で認定したとおり、気象学上でも五七年水害の際の降雨規模を遙かに上回る本件豪雨を予測する手法はなかったのである。したがって、被告国らが本件水害前に県庁隧道の機能を応急的に回復し、本件水害時にこれにより最大排水をする義務があったものとまで認めることはできない。

(3) 以上によれば、被告国らは、特段の事情のない限り、台風等により集中的な多量降雨があり、水位が平水位を超えることを確実に予測できる時点以降に被告東電に対しうそぶき水路からの最大排水を指示するという限度で作為義務があったものと認められる。

3  最大排水義務の懈怠の有無について

(一) 具体的な排水義務の発生時期

(1) <証拠略>によれば、台風六号及び台風五号の影響で同月一四日中に大雨が始まっていたこと、河口湖周辺では大雨洪水注意報が同月一五日午前五時一〇分に発令されたこと、同日の朝刊が両台風が本土に接近するおそれが強まっていることを報道していたこと、湖水位が同日午前九時の河口湖測候所の観測時点で平水位以下一・〇六メートルであったこと、同日午後に雨がより強くなり少なくとも夕刻ごろに平水位以下一メートルを超え更に上昇する傾向にあったことが認められる。

したがって、被告国らは、特段の事情のない限り、遅くとも同日夕刻以降に最大排水をする具体的作為義務があった。

(2) そこで、右特段の事情について判断するに、<証拠略>によれば、うそぶき水路の流出先の宮川の更に下流にある宮川と入山川との合流地点付近(宮川橋の上流)の水位が昭和五八年八月一五日午前七時ごろから上昇して浸水被害のおそれが生じ一部地域の住民が避難を余儀なくされたこと、前記第三の二2(四)で認定したとおり現に台風六号及び五号が富士吉田市、西桂町、都留市一帯にわたり多量の雨を降らせたために同月一六日早朝から宮川と入山川合流地点付近、相模川下流地域のうち西桂町小沼地区、都留市鹿留発電所付近、同境地区付近、同蒼竜峡団地など付近において護岸決壊や浸水地域が多数生じたことが認められること、<証拠略>によれば、同月一五日夕刻以降更に雨脚が強くなり翌一六日未明に時間雨量八〇ミリメートルが記録されていること、大雨洪水警報がこの間の同日午後一〇時に山梨県内全域に発令されたこと、雨脚が同日午後遅くに至るまで徐々に収束して行ったものの依然として強かったことが認められること、経験則上、降雨による河川の増水のピークは降雨のピーク後もしばらく続くこと、下流で護岸決壊ないし浸水が多数発生しているような状況下で排水するに当たっては初めから最大排水すると更に新たな被害を発生させかねないので下流の状況を把握しながら徐々に排水量を増加させて行くことが妥当であることを考え合わせれば、被告国らは、同月一六日午後遅く以降から被告東電に対し下流の護岸決壊ないし浸水地域の拡大の危険を考慮しつつ、次第にうそぶき水路による排水量を増やし最大排水に至る旨の指示をする義務を有するに至ったものと認めるべきである。

(二) 具体的排水義務の懈怠の有無

ところで、被告国らが被告東電に対し、昭和五八年八月一九日正午以前及び同日午後六時三〇分ないし同月二〇日午後三時二〇分の間に毎秒七・七九立方メートルの排水を指示しなかったことはいずれも当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、同月一八日以降にはほとんど降雨が記録されていないことが認められる。

しかしながら、被告国らが同月一六日午後四時四五分以降毎秒四立方メートル、同日午後九時四〇分以降毎秒六立方メートル、同月一九日午前零時以降毎秒七・七九メートルの排水を指示したことは、いずれも当事者間に争いがなく、また、前記(一)の事実によれば、下流の新たな護岸決壊ないし浸水地域の拡大の危険が同日にも続いていたものと推認できる。

したがって、被告国らが同月一九日正午以降に最大排水の指示をしたことは右危険の続く状況下においては誠にやむを得なかったものと考えられる。

なお、<証拠略>によれば、被告国らが被告東電に対し同日午後六時三〇分ないし同月二〇日午前三時二〇分の間毎秒七・七九立方メートルの排水を指示しなかったのは、同月一六日に県庁隧道第一トンネル出口で発生した大規模な土砂崩壊から流出した土砂が同月一九日にうそぶき水路に流入したため、同水路の排水能力が毎秒五立方メートルになったためであることが認められる。

したがって、被告国らは、前記の具体的な排水義務を懈怠したものということができない。

4  以上によれば、被告国らは、作為義務違反がなく、その行為にはなんら違法性がないから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの被告国らに対する主張は理由がない。

第四被告東電の責任の有無

一  条理上の水位調整義務の存否

1  河口湖における集中的な多量降雨による水害発生の危険性とその認識可能性

(一)(1) 請求原因4(一)(1)<1>アの各事実はいずれも当事者間に争いがない。

(2)<1> 同4(一)(1)<1>イの各事実のうち、桂川電力が、河口湖治水組合との間で大正六年六月二一日、発電のために西湖の湖水を河口湖に流入させると同時にうそぶき水路を建設して河口湖の湖水を取水する代償として、山梨県知事の水利使用許可の際の当初の平水位を一・九七メートル低下させ現在の平水位とすることを内容とする協定を締結し、協定書を作成し、大正六年同水路を完成させ翌大正七年から取水を開始したこと、被告国(建設大臣)が水利使用許可年限の到来時である昭和二〇年の更新許可の際に右協定のとおりに平水位を変更したこと、被告東電が昭和二六年五月一日右湖水利用権、前記協定書上の義務及び当時河口湖で唯一排水機能を有していた同水路の所有権を承け継いで同水路の管理主体となり、昭和五一年九月一〇日、建設大臣の水利使用の更新許可を得て右以降水利使用規則に基づき河口湖の湖水を水力発電のためにうそぶき水路から取水していたことは当事者間に争いがない。

<2>ア 同4(一)(1)<1>イの事実のうち、桂川電力が河口湖治水組合との間で湖面が右平水位以上に上昇して有租地に水害が生じないように同水路から排水することを内容とする合意をしたことを認めるに足りる証拠はない。

イ しかし、前記第三の一1(二)(2)<1>イで認定したとおり桂川電力が河口湖治水組合との間で山梨県知事の命令書(水利使用規則)の範囲内で有租地に水害が生じないようにすること、すなわち、既存水位が平水位以上の水位である場合には湖水をうそぶき水路の最大取水により排水し、水位が平水位未満ないし平水位以下三・〇三メートル以上の場合には西湖からの取水量と同量を排水し、被告国の特別な指示があった場合にはこれにしたがって排水することを合意したこと(但し、右いずれの場合でもうそぶき水路からの流出先である宮川にある宮川橋左岸橋台地点の水位が標高七五〇・四九五メートルに達したとき及び河川管理者が必要であると認めて停止を命じた場合には取水を停止しなければならない。)が認められる。

<3> 被告東電は、同4(一)(1)<1>イの事実のうち、うそぶき水路が歴史上事実上の治水施設としての機能を有しているが同水路通水後も河口湖における大正一四年(増水高二・九三メートル)、昭和一〇年(同二・五メートル)及び昭和一三年(同三・〇七メートル)の各水害を未然に防止することができなかったことを明らかに争わないのでいずれもこれを自白したものとみなす。

(二) 同4(一)(1)<2>の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

(三) 被告東電は同4(一)(1)の<3>及び<4>の各事実を明らかに争わないのでいずれもこれを自白したものとみなす。

(四) 同4(一)(1)<5>の事実のうち、うそぶき水路の最大排水能力が毎秒七・七九立方メートルであることは当事者間に争いがなく、被告東電は、その余の事実を明らかに争わないのでいずれもこれを自白したものとみなす。

(五)(1) 被告東電は、同4(一)(1)<6>アの事実を明らかに争わないのでいずれもこれを自白したものとみなす。

(2) 同4(一)(1)<6>イの事実のうち、原告らが河口湖湖畔に建物を所有し、又は借りて居住しないしは事業を営んでいることは前記第一の一で認定したとおりであり、被告東電は、その余の事実を明らかに争わないのでいずれもこれを自白したものとみなす。

(3) 同4(一)(1)<6>ウの事実のうち、台風一〇号及び同一八号の影響による降雨量がそれぞれ五〇二・五ミリメートル及び四一二・五ミリメートルであったことは当事者間に争いがなく、被告東電は、その余の事実を明らかに争わないのでいずれもこれを自白したものとみなす。

(六)(1) 同4(一)(1)<7>の事実のうち、河口湖が六月ないし一〇月の間に既存水位が平水位付近にあれば人工的な排水の努力がなされない限り五七年水害時の豪雨に代表されるような集中的な多量降雨により水位の急上昇ひいては平水位を超える異常増水を招くおそれがあることは当事者間に争いがない。

(2) 前記(一)ないし(五)の各事実及び右(1)の争いのない事実によれば、同4(一)(1)<7>の事実のうち、右の五七年水害時の豪雨に代表されるような集中的な多量降雨による水位の急上昇ひいては平水位を超える異常増水により平水位近くの標高にある河口湖湖畔の多数の建物が浸水被害を受け、原告ら住民が損害を受けるおそれがあることが認められる。

(3) 前記(五)の事実、<証拠略>によれば被告東電が被告国から申し出を受けて治水に配慮した事前協議を行ったことにより、昭和五八年八月一日の水位設定の指示を受け入れたことが認められること及び弁論の全趣旨によれば、同4(一)(1)<7>の事実のうち、被告東電らが右(2)の事実を五七年水害後ないし本件水害以前に認識していたことを推認できる。

2  うそぶき水路による水害防止の可能性

請求原因4(一)(2)の事実のうち、被告東電が河口湖で唯一の排水機能を有する人工的工作物であったうそぶき水路を所有管理していたことは当事者間に争いがなく、被告東電は、その余の事実を明らかに争わないのでいずれもこれを自白したものとみなす。

3  被告東電と河口湖治水組合との協定上の義務

(一)(1) 被告東電が河口湖治水組合に対し、うそぶき水路による排水に関し、協定(前記)に基づく契約上の義務として無制約的な増水回避ないし水害防止義務を負担したとの点についてはこれを認めるに足りる証拠はない。

(2) しかし、前記1(一)(2)<2>によれば、被告東電が河口湖治水組合に対し同<2>イの限度でうそぶき水路による排水義務を負っていることが認められる。

(二) 右(一)(2)の認定事実と<証拠略>を総合すれば、河口湖治水組合が河口湖の治水を一つの目的として湖周辺の町村によって組織された一部事務組合であることが認められ、前記協定が実質的には各町村の住民の要望に副い、住民を水害から守ることを一つの目的として締結されたものと評価することができる。

4  被告東電の水利権行使による莫大な利得の存否

<証拠略>によれば、被告東電が五七年水害時(昭和五七年八月ないし一一月)の西湖及び河口湖からの排水約五六〇八万立方メートルを西湖発電所及び相模川水系の発電所で利用することによって毎時一七〇万キロワットの発電をして需要家に供給し二五〇〇万円の利益をあげたこと、昭和五一年ないし五六年に西湖から発電用に取水して河口湖に流入させ更にうそぶき水路から流出させた水量が約六〇四八万立方メートルであることが認められる。したがって、右の各事実によれば、被告東電が西湖及び河口湖の湖水によって一応の利益を上げていることが認められる。

しかし、他方、<証拠略>によれば、被告東電が被告山梨県に支払っている相模川水系全体での流水、土地占用使用料が一年当たり一億六〇〇〇万円以上であること、被告東電が五七年水害時の台風対策に一億円以上の費用を支出したことが認められ、被告東電が河口湖という自然の貯水池に十分な水資源を貯溜させ、そこから安価に取水して発電に使用することによって莫大な利益を上げていること(請求原因4(一)(4)の事実)を推認するには足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

5  被告東電の取水についての法律上の地位

ところで、被告東電が法律上は治水についての権限を与えられ自由に水位を設定できるという地位にはなく、逆に河口湖の利水についての一特許事業者であって、被告国から他の利水者との利害調整を目的とする事業許可条件として水利使用規則所定の取水制限規定に反する取水を禁止されるという法律上の地位にあったことはいずれも当事者間に争いがない。

6  条理上の排水義務の存否

(一) 原告らの主張する条理上の水位調整義務(請求原因4(一)(5))の存否

(1) 被告東電が本件水害以前に河口湖における前記1の水害発生の危険性を認識していたことは前記1(六)(3)のとおりであり、被告東電が五七年水害に代表されるような集中的な多量降雨がある可能性の高い六月以前に自ら所有管理するうそぶき水路を使用して予め水位を相当程度低下させたうえ集中的な多量降雨が始まることが確実となった時点以降にうそぶき水路による最大限の排水をすれば未然に水害を回避する余地があったことについては前記2のとおりであり、前記協定が実質的には各町村の住民の要望に副い、住民を水害から守ることを一つの目的として締結されたものと評価することができることは前記3のとおりであり、被告東電が湖水を発電用水とすることによって一定の利益を上げているものと窺われることは前記4のとおりである。

(2) しかし、他方、前記5の被告東電の法律上の地位に照らせば、仮に被告東電が河川管理者の特別な指示ないし要請がないのに独自の治水上の検討に基づき水利使用許可条件を逸脱する積極的な排水をすればその行為自体だけでも河川管理者から水利使用許可を取り消される可能性があり、ましてそのために他の利水関係者に損害を及ぼしたならば右取消しの可能性が著しく大きくなることは容易に窺える。また、被告東電が増水時にうそぶき水路からの排水を実施するにあたっては、これによって下流地域に被害が発生しないようにすべき義務があるが、被告東電は河川管理者ではなく一水利事業者に過ぎず、右の被害発生の危険性があるか否かについて必ずしも十分に調査検討する能力がないので、被告東電に本来河川管理者が負担すべき治水管理責任に準じた責任を実質的に負担させることは公平を失する。したがって、被告東電が本件水害以前に原告らの主張する条理上の水位調整義務(請求原因4(一)(5))を負担していたものと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

(二) その余の条理上の排水義務の存否

もっとも、下流地域に被害が発生する危険性が薄いことを予測できる場合には被告東電に前記協定に基づく水利使用規則の範囲内での最大限度の排水義務を負わせてもこれを履行するうえで法律上ないし事実上の障害がないこと及び前記(一)(1)の各事実ないし評価を総合すれば、被告東電が豪雨による水害発生の危険性を認識し、かつ、下流地域に被害が発生する危険性が薄いことを予測できた時点以降に水利使用規則の範囲内での最大限度の排水を実施し水害発生の危険性を低減させる義務を負担させることが公平であると認められる。ところで、被告東電が昭和五八年八月一日被告国らから水利使用規則四条三項に基づく指示書により平水位以下一メートル以上の水位までの取水を指示されたことは当事者間に争いがない。

したがって、被告東電は、本件水害当時、豪雨による水害発生の危険性を認識し、かつ、下流地域に被害が発生する危険性が薄いことを予測できた時点以降に平水位以下一メートル以上の水位である場合には湖水をうそぶき水路の最大取水により排水し、水位が平水位以下一メートル未満ないし平水位以下三・〇三メートル以上の場合には西湖からの取水量と同じ水量を排水し、被告国の特別な指示があった場合にはこれにしたがって排水する義務(但し、右いずれの場合でもうそぶき水路からの流出先である宮川にある宮川橋左岸橋台地点の水位が標高七五〇・四九五メートルに達したとき及び河川管理者が必要があると認めて停止を命じた場合には取水を停止しなければならず、これらの場合には排水義務は生じない。)を条理に基づき負っていたものと考えるべきである。

二  水利使用規則の範囲内での排水義務の懈怠の存否

1  具体的排水義務の発生の有無ないし時期

(一) 河口湖では、台風六号及び台風五号の影響で昭和五八年八月一四日から雨が降り始めていたこと、右降雨が翌一五日には大雨となり、大雨洪水注意報が同日午前五時一〇分に発令されたこと、同日の朝刊が両台風が本土に接近するおそれが強まっていることを報道していたこと、湖水位が同日午前九時の河口湖測候所の観測時点で平水位以下一・〇六メートルであったこと、同日午後に雨がより強くなり少なくとも夕刻ごろ以降に平水位以下一メートルを超え更に上昇する傾向にあったことは前記第三の三3(一)で認定したとおりである。

(二) しかしながら、他方、被告東電が平水位以下一メートル未満の場合には依然として西湖から河口湖に引き入れた水量以内の取水しかできず水位を更に低下させる取水が禁止され、うそぶき水路の流出先である宮川にある宮川橋左岸橋台地点の水位が標高七五〇・四九五メートルに達したとき及び河川管理者が必要があると認めて停止を命じた場合には取水を停止しなければならないところ、うそぶき水路の流出先の宮川の更に下流にある宮川と入山川との合流地点付近(宮川橋の上流)の水位が昭和五八年八月一五日午前七時ごろから上昇して浸水被害のおそれが生じ一部地域の住民が避難を余儀なくされ、同日夕刻以降更に雨脚が強くなり翌一六日未明に時間雨量八〇ミリメートルが記録され、大雨洪水警報がこの間の同日午後一〇時に山梨県内全域に発令され、富士吉田市、西桂町、都留市一帯の多量の降雨のために同日早朝から宮川と入山川合流地点付近、相模川下流地域のうち西桂町小沼地区、都留市鹿留発電所付近、同境地区付近、同蒼竜峡団地など付近において護岸決壊や浸水地域が多数生じ、右降雨が同日夕刻までの間に徐々に収束して行ったものの同日中は依然として雨脚が強かったことは前記第三の三3(一)(2)で認定したとおりである。

以上の各事実と、経験則上、降雨による河川の増水のピークが降雨のピーク後もしばらく続くこと及び下流で護岸決壊ないし浸水が多数発生しているような状況下で排水するに当たっては初めから最大排水すると更に新たな被害を発生させかねないので、被告国(建設大臣)の指示を仰ぎながら、下流地域に新たな被害が発生しないように徐々に排水量を増加させて行くことが妥当であることとを考え合わせれば、被告東電は、同月一六日夕方ごろから被告国らの指示を仰ぎながら新たな護岸決壊ないし浸水地域の拡大の危険について可能な限り考慮しつつ次第にうそぶき水路による排水量を増やして最大排水に至る義務があったものと解すべきである。

2  具体的排水義務の懈怠の有無

ところで、被告東電が被告国らからの指示に基づき、昭和五八年八月一九日正午以前及び同日午後六時三〇分から同月二〇日午後三時二〇分までの間は毎秒五・〇〇立方メートルの排水に止め、水利使用規則で認められた毎秒七・七九立方メートルの最大排水をしなかったことはいずれも当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば同月一八日以降にはほとんど降雨が記録されていないことが認められる。そこで、被告東電が最大排水をすべき義務を右の限度で懈怠したのではないかとの疑問が生じる余地がないではない。

しかしながら、前記1の事実によれば、右時刻ないし時間内ごろ既に下流の新たな護岸決壊、浸水地域の拡大の危険が続いていたものと推認でき、<証拠略>によれば、うそぶき水路の排水能力が同月一六日に県庁隧道第一トンネル出口で発生した大規模な土砂崩壊から流出した土砂が同月一九日に同水路内に流入し同水路を狭めたため毎秒五立方メートルまで低下したことが認められる。したがって、最大排水の開始時期が同月一九日正午になり、同日午後六時三〇分から同月二〇日午後三時二〇分までの間に毎秒七・七九立方メートルの最大排水をしなかったことは右危険の続く状況下においてやむを得なかったものと考えられ、被告東電が前記1の具体的な排水義務を懈怠したものということができない。

三  以上によれば、被告東電には作為義務違反がなく、その行為の違法性が認められないから、その余の点を判断するまでもなく、被告東電が民法七〇九条、四四条又は七一五条により不法行為責任を負うとする原告らの主張は理由がない。

第五結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 豊永格 石栗正子 日下部克通)

別紙請求目録<略>

別紙浸水被害建物目録<略>

別紙損害目録<略>

別紙図1河口湖時間水位曲線<略>

別紙図2放流条件による湖水位変化<略>

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